第八話: 当て所なく種を蒔く教師
学園からは二十キロ以上も離れている市街地の最寄り駅前。
辻ヶ谷先生の車で送ってもらった僕は、これより単独での捜索を開始する。
そろそろ深夜に差し掛かるというのに、辺りは冷めやらぬクリスマスムードで賑わう。
終電には少し早いが、ほとんどの店舗はもう仕舞い。そんな時間帯と厳しい寒さにも負けず、出店やストリートパフォーマーが頑張っており、色とりどりのLEDイルミネーションや大きなクリスマスツリーも光り輝き、行き交う人々を幻想的な雰囲気に染めていた。
さして大きな駅ではないのだが、学園お膝元でセレブも多く住む街の中心的な駅ということで、大きなデパートがそびえ、周辺地域、特に駅を挟んだ反対側は繁華街としてかなり発展している。
治安も良く、それなりに騒いでいる連中はいるものの、バカ騒ぎではなくお行儀が良い印象。
『ははっ、美須磨が歩いていたら絵になりそうな光景だ。……隣にいるのが自分だなんて妄想の中でも思えないけど……って、こんなときに何を考えているんだか。現実逃避はやめよう』
あ、そうそう。もしかしたら誤解されているかも知れないので、ここで念のため言っておくと、捜索本部は未だ警察などに対して正式な届け出をしてはいない。
現状、事件性があるのかどうかも判断しかねる段階、何より体面を重んじる名門校としては、こんな不祥事を大々的に喧伝したりするわけがないのだ。
しかし、そこは多くの有力者と繋がりを持つ伝統校の強みといったところか。
詳しい情報を伏せつつ、正式ではない方法で警察を始めとする各機関に人捜しを依頼するのもお手の物である。
今頃は母校の困り事をたまたま耳にした善意のOBたちが、それぞれ持てる伝を惜しまず用い、表から裏から捜索の手を広げてくれていることだろう。
対して、僕らは事件を詳細に知る関係者として、それを現場からフォローしていく係となる。
まず最初に向かうのは駅だ。
構内へ入り、駅務室でこちらの用件を話すと、駅員の案内でそのまま駅長室へと通された。
「はい、はい、お話は伺ってます。構内と改札口の監視は徹底させてますので安心してください」
「ありがとうございます。僕はしばらく駅の近辺にいますので、何かありましたらこちらに連絡お願いします。あと、終電から始発までの間なんですが、できたら――」
見たところ、僕と同年代くらいだろうか。意外と若そうな駅長は、既に必要な情報をまとめた資料が捜索本部の方から回されてきたとのことで、拍子抜けするほどスムーズに話を進めていく。
顔合わせと簡単な情報確認、緊急時のために直接の連絡先交換を終え、その場を後にした。
その後、交番を訪ねてほぼ同様のやり取りを繰り返してから、バスのターミナルやタクシーの待合所、付近のまだ開いている店などを回るため、足を止めずに歩き出す。
駅舎に併設された一際大きなデパートはもう既に閉店しているものの、コンビニなどを始め、こんな時間になってもまだ営業している店舗が少なからずあった。
それらを回って利用客に対する注意を呼びかけ、情報提供をお願いしていくのである。
「――話は分かった。ま、こんな時間に娘っ子が一人でいたら目立つだろ、すぐ見つかるって。客にも聞いといてやるし、なんかあったら連絡してやるから、そう気を落としなさんな」
国内でも有数のスキー場へと向かう夜行バスの運転手が豪快に請け負ってくれる。
「いやー、さっきお巡りさんにも聞かれたけど、それらしいのは見てないね。気にはしとくよ」
「こっちも仲間に伝えときますよー」
「任しときな。なんなら俺に言えば送ってってやるからよぉ」
駅前ロータリーの中にあるタクシー乗り場で煙草を吸いながら休憩している運転手たち。
気の好い人たちだ。ありがとう、よろしくお願いします。
「この雪じゃ心配ですよね。娘さんが家出しちゃったとか? 無事に見つかると良いですね」
「ちょっと、なんなんすか? 知りませんけど……。こっちはカノジョにすっぽかされて最悪の気分なの……チッ。……あー、あー、見かけたらね。……で、どんな子よ? あン? 美人? ざっけんな! 爆発しろ!」
「あら、ショーゴちゃんじゃない。今夜は寄ってってくんないの? え? 人捜し? 頑張って」
駅周辺を数十分走り回り、休憩がてら通りすがりや店の人たちにも声を掛けていく。
そうこうしているうちに気が付けば、地面にはうっすらと雪が積もり始めていた。
「美須磨は寒くしていないだろうか」と、思わず口から独り言が零れ出てしまう。
捜索本部や別行動の辻ヶ谷先生の方も併せ、現時点に至るまでまったくの手掛かりゼロ。
一向に進展しない状況、その手応えの無さに心が折れそうになってくる。
流石にもう良い時間だ。しばらくすれば本日の捜索は一旦打ち切り、ほどなく捜索本部だけを待機させ、一般教員には帰宅が促されることだろう。
そうなったとき、彼女はこの寒い夜をどこでどうやって過ごすのだろう。
「頼む。無事でいてくれ。今はもうそれだけで構わないから」
続けて洩れたそんな呟きが周囲の雪へと吸い込まれていくのと入れ替わり、懐中で音が響く。
それは、八方ふさがりの状況を動かすことになるスマホのバイブ音だった。





