23.あなたのために
第一部最終話です!
今後の仕事の進め方についてヘルテルと軽く打ち合わせを終えると、アレクスティードはまだ少しやることがあるからと帰ることになった。
気を利かせたヘルテルが、シャルロッテに彼の見送りをお願いした。
馬車までの僅かな道のりを並んで歩く二人。差し出したアレクスティードの腕に、ちょこんと控えめにシャルロッテの手が乗っている。
「これからちょっと忙しくなるかも。」
馬車の前で足を止めたアレクスティードが、申し訳なさそうに眉を下げた。
「大変ね。」
「…いや、シャルにもお願いしたいことが山ほどあるんだけど。」
思い切り他人事だったシャルロッテが肩をびくつかせた。
「俺の両親に会って欲しいのと、いくつかお茶会に出て欲しい。それはレイチェルも一緒だから安心して。あとはなるべく早い内に引越しとそれから公爵夫人としてのあれこれも…」
チラリと視線を横にずらしてシャルロッテの表情を盗み見る。きっと心底嫌そうな顔をしているのだろと思ったからだ。
だが、予想に反して彼女の表情は「無」だった。
「シャル…?」
一気に不安になったアレクスティードがシャルロッテに声を掛けるが、反応はない。
「絶対に無理はさせないし誰にも文句なんて言わせない。どんな時も俺が君のことを支える。だから何も不安に思わないで欲しい。ただ俺の隣にいてくれればそれでいいから。」
「……ねぇ、アレク。私はいつ小遣い稼ぎに行ったら良いのかしら?」
「はい………?」
真剣なアレクスティードの想いに、シャルロッテも物凄く真剣な顔で疑問をぶつけてきた。
「そんなに予定があったら、夜出掛けるのも難しそうだわ。そうなると朝しか…でも大概賭博場って日中は閉まってるわよね?」
「え?は…ちょっと待って。お金?お金が必要なの?シャルに何不自由させるつもりはないけど。…まだ足りなかったか?」
シャルロッテの言葉に、ひどく混乱するアレススティード。
金銭面は特に最善を尽くしたつもりだったが、配慮不足があったのかと己の爪の甘さを後悔していた。
「足りないも何も、私が自由に使うお金のことよ?それは自分で稼がないと手に入らないじゃない。」
至極当然だという顔で言うシャルロッテ。
たまに見せる彼女の凛々しい顔にポカンと見惚れた後、軽く頭を振り正気を取り戻したアレクスティードが口を開いた。
「シャルは俺の妻になったんだから、俺のお金は全て君のものだよ。気にせず自由に使ったらいい。」
「貴方に何かあった時は?私に資産がないとアレクを助けてあげられないじゃない。よく知らないけど、夫婦ってそういうものじゃないの?」
「シャル…君って人は…」
シャルロッテの眼差しはどこまでも澄んでいて真っ直ぐだった。それがまたアレクスティードの心に煌めきをもたらす。
これまで彼の周囲に纏わりついてきたのは、強請ることしか知らない令嬢達だった。男を立てて、男に頼って寄生して生きていく。それが貴族令嬢の生き方であり、彼はそれを鬱陶しく感じつつも、女性とはそういうものだと思って諦めていた。
しかし、シャルロッテは自分の足で立とうとすることを忘れない。それはアレクスティードにとって唯一無二であり、彼の目に眩しく映るのだ。
「あぁやっぱり好きだなぁ…」
アレクスティードの中にかつて感じたことのないほどの愛しさが込み上げてくる。彼女の凛とした心に触れる度、心が苦しくなるほど感情が揺さぶられるのだ。
「朝から開いている賭博場を探したら良いかしら。姿を隠せば行ってもいいわよね?」
「ん、もうちょっと浸らせて………」
アレクスティードの心の底から出た言葉は、シャルロッテにスルーされてしまった。
「投資事業でもやってみる?」
一拍置いて真面目に考えたアレクスティードが提案した。
「そんな簡単に出来るものなの?」
「あの勝負強さがあれば出来ると思うよ。まず俺が手掛けている事業で練習してみてさ、その後で自分の事業を立てたらどうかな。」
「そう言われるとやってみたくなるわね。ねぇ、今度教えてもらえるかしら?」
「う…」
シャルロッテが了承した瞬間、苦悩の表情で胸を抑えるアレクスティード。
「頼み事をする俺のシャルが最高に可愛い…」
「そういえば、早くしないと遅れるんじゃない?次の予定があるんでしょう?」
シャルロッテの冷静な言葉に、身悶えていたアレクスティードが一気に現実に引き戻された。
「…ああそうだった。シャルが可愛いせいで忘れるところだった。ごめん、あと数日だけ忙しくする。これからのことはまた手紙に書くから。」
「ええ、分かったわ。」
馬車の前で話し込んでいた二人。
アレクスティードはシャルロッテに軽く手を振って馬車に向かう。
「シャル」
彼の背中を眺めていたシャルロッテだったが、気付くとアレクスティードは振り返っており、すぐ目の前に迫っていた。
「忘れ物」
「………っ!!」
近づいてきた彼は、彼女の頬に口付けを落としてきた。
間近で彼女の反応を見て柔らかく微笑むと、そのまま馬車に乗り去って行ってしまった。
「な、なによ…今の…」
突然のことに気が動転するシャルロッテ。その顔は真っ赤に染め上がっていた。
戻りが遅いと心配したヘルテルが見に来るまで、彼女はその場から動けず茫然と立ち尽くしていたのだった。
お読みいただきありがとうございました!
一旦ここで区切りとし、二人の結婚生活の話を二部として少し書ければなと思っています。
また機会ありましたらよろしくお願いします!
本当にありがとうございました。
***
良かったらサクッと読める本当にくだらない(笑)短編もぜひ(´∀`)
思ってた婚約破棄イベントとちょっと違うんですけど
婚約者の本音に負けそうになる王子様




