22.贈り物
念願のサインを貰えて幸せ絶頂のアレクスティードが満遍の笑みで帰った後、ようやく休めると思ったシャルロッテだったが、部屋に戻ると興奮したミミの熱量が凄まじかった。
仕事そっちのけで、これでもかというほど瞳を輝かせて詰め寄ってくる。
「夜会であのクズを断罪してその日のうちに公爵家のアレクスティード様からプロポーズされるなんて、一体どこのヒロインですか!」
「このドレス重くて死にそうなの。早く脱がせてもらえる?」
「こ、これは…かの有名なマダムシンヒのドレスではありませんか…しかもお嬢様にぴったりの色とデザイン。さすが財力のあるモテる男性は違いますね。」
「あと湯浴みの用意もお願い。」
「お嬢様、さては照れ隠しですね?このミミに、たくさん惚気て下さって良いのですよ!さぁ!」
「今日はひどく疲れたから、明日は起こさなくていいわ。」
「はい………………」
シャルロッテが全く話に乗ってこず、諦めたミミは涙目になりながら仕事に取り掛かったのだった。
翌朝、起こさないで欲しいと言っていたシャルロッテだが、ミミは寝ている彼女の身体を思い切り揺らして全力で起こしにかかっていた。
「お嬢様っ…大変です!」
「………今朝は起こさなくて良いって言ったのに、ふはぁ〜…何かあったの?」
眠い目を擦りながらシャルロッテが尋ねた。二度寝する気満々らしく、ベッドに潜り込んだままミミの話に耳を傾けている。
「あの、馬車がっ…公爵家から馬車が来ております!」
「……ん?アレクと約束なんてしてないわよ。お断りして。」
「違います!贈り物として新品の馬車が届けられたのです!それも公爵家の紋章がついた最高級のものですよ!」
「最高級馬車…市場価値はどれほどかしら?」
「すぐ売り払おうとしないでください!」
ぱっと目を開いたシャルロッテが良からぬことを言う前にミミが先手を打って止めに入る。シャルロッテは物凄く残念そうな顔で『そんなわけないじゃない』と小さな声でぼやいていた。
貰った馬車はとりあえずそのまま邸に置いておくこととなった。
その日の午後、アレクスティード本人がやって来た。
「俺たち無事夫婦になりました。」
幸せ全開の笑顔で結婚証明書を届けに来たのだ。昨晩と同じ客間でヘルテルも同席している。
「本物っぽいわね。」
「……うん、ちゃんと国王陛下のサインもあるし、紋章の透かしも入ってる。前に図書館で見た見本と同じだよ。」
レナードの一件があったため、二人は注意深く結婚証明書を検分していた。その結果、正式なものだと判断したらしい。
納得した二人を前に、アレクスティードは何とも言えない顔をしている。
「いや、別に良いんだけどさ。いいんだけどなんかこう…夫婦になれた感想とか、反応とかさ…ねぇ?」
別に良いと言いつつ、彼は上目遣いでシャルロッテに期待の眼差しを向けていた。
ここで自分達の情緒の無さに気付いたヘルテルが慌てた様子で立ち上がると、思い切り頭を下げる。
「不束者ですが、姉さんのこと宜しくお願いします!」
「ふはっ!君みたいな可愛い弟が出来て俺は嬉しいよ。これから宜しくね。」
思わず吹き出しながらもアレクスティードも立ち上がって手を差し出す。二人は硬い握手を交わした。まるでこの二人が結婚するかのようであった。
「ほら!姉さんもっ!」
「…え?私も?」
ヘルテルに腕を取られて無理やり立たされたシャルロッテがアレクスティードと向き合う。
そして少し悩んだ後、気恥ずかしそうにおずおずと右手を差し出した。
「ええと、これから宜しくね?」
「うん、でも俺たちはこっちかな。」
「……んむっ」
差し出された手を掴んで自分の胸に引き寄せ、思い切り抱きしめたアレクスティード。
「ちょっと……離してっ!!」
「えー…せっかく夫婦になれたのにどうして?」
「いいから早くっ!」
「理由を教えてくれたらいいよ。…もしかして恥ずかしいからとか?」
「そ、そうよ!悪い!?」
「うわ…ちょっと可愛過ぎて離せないんだけど。ごめん無理。」
「話が違うわよ!」
「あと10秒だけ…お願い。」
「いーち、にーい、さーん…」
「はははっ!ほんと情緒がないな。そこも可愛いんだけどさ。」
元気な声できっちり10秒カウントされてしまったアレクスティードは、笑いながらシャルロッテのことを解放した。
「ああそうだった、昨日伝え忘れていたんだけど、ヘイズ家当主をヘルテル君に変更する申請をしておいたよ。前当主は借金を増やすばかりで君たちの負担になっていただろう?だから勝手ながら、隠居してもらうことにしたんだ。」
笑い泣きした涙を指で拭いながら、アレクスティードが今晩のメニューを伝えるかのような気軽な口調で言ってきた。
「え…まさかそんな…嘘ですよね…?だって僕まだ学園にも通ってないのに…」
さっきまで二人のやり取りを微笑ましく見ていたヘルテルだったが、一瞬にして死人のような面になってしまった。
「安心して。君が成人するまでロウムナード公爵家が後見人として支えるから。優秀な人材も派遣するし、実習のような感覚で学んでくれたらいいよ。」
「公爵家にそんなことまでしてもらって…本当に良いんですか?」
「もちろん。大事な弟だからね。」
「ありがとうございます…死ぬ気で頑張って、この御恩は必ずお返しします。本当に…本当に、ありがとうございます。」
あくまでも気軽に言ってくれるアレクスティードに、ヘルテルは胸がいっぱいになりながら何度も何度も丁寧に御礼の言葉を口にしていた。




