19.強制連行
一連の騒動で疲弊したシャルロッテはそのまま邸に帰るつもりだったが、レイチェルがそれを許すわけもなく、半ば拉致られる形で公爵家に来ていた。
邸に到着するとすぐシャルロッテは身ぐるみを剥がされ、金の刺繍が美しい上品な濃紺のドレスに着替えさせられていた。
ちょうど夕飯時ということで、彼女はそのまま晩餐に招待された。とは言っても、二人の両親は現在領地にいるため、この三人で少し豪華な夕飯を囲むだけだ。
「美味しそうっ…」
目の前に運ばれてきた色とりどりの見栄えが良い一皿に、シャルロッテの目が輝く。
ついさっきまで今日あったことやこれからのことをぐるぐると考えていたのに、美味しいものを前にした途端一気にどうでも良くなってしまった。
「うん、たんとお食べ。」
「お姉様の笑顔は眼福ですわ。」
アレクスティードは食欲に忠実になるシャルロッテを微笑ましく眺めており、レイチェルは今回も最高の出来だと着飾った彼女にうっとりとした表情で見惚れていた。
「……あれ、これもしかして普通に食事して終わる感じ?」
思わずひとり呟くアレクスティード。
デザートが運ばれてきた頃、彼の顔に焦りの色が浮かんできた。いつも飄々している彼にしては珍しい。
「とんだ意気地なしですわね。お兄様にはがっかりですわ。」
「ちょっとそれ今言われるとキツイ…」
「冗談ですわよ。わたくしだってお姉様が欲しいんですもの。」
レイチェルの言葉に項垂れるアレクスティードをスルーして、彼女はデザートに夢中のシャルロッテに話しかけた。
「お姉様、食後のお茶はテラスで頂きませんこと?涼しい夜風の中頂く紅茶は格別ですわよ。」
「ええ、頂くわ。」
公爵家の紅茶が尋常でなく美味であることを知っているシャルロッテは即答だった。
デザートを食べ終えたタイミングで、使用人がシャルロッテをテラスまで案内をしてくれた。
アレクスティード達は部屋に寄ってから行くと言っていたため、彼女が一番乗りだ。
月明かりの下用意された席にはブランケットが用意されており、テーブルの上には明かりのついたキャンドルが可愛らしい花瓶を囲むようにして置かれていた。
周囲を囲む植え込みには等間隔でランタンが設置されており、程よい明るさで幻想的な雰囲気を醸し出している。
「ごめん、待った?」
シャルロッテが席に座ってぼんやりと夜の庭園を眺めていると、アレクスティードがやって来た。
「本当に…入場料が取れそうなほど素敵なお庭ね。これは良い商売になるわ。」
「…ありがとう。」
独特な褒め言葉に困惑しつつも、彼はさり気なく彼女の隣の席に座った。「寒くない?」と声を掛けつつ、シャルロッテの膝にブランケットを掛ける。
「あれ、レイチェルは?」
「疲れたから今日は早めに休むってさ。」
気を遣ってくれた妹に感謝しつつ、アレクスティードは普段の口調で答えた。
「アレク、今日はありがとう。」
流されるようにここまで来てしまったため言いそびれており、ようやく感謝の気持ちを言葉にしたシャルロッテ。
感謝してもしきれなかったが、それを言葉で表現するには語彙力が足らず、結局シンプルなこの一言になった。
「…いや、何もしないでって言われてたのに、勝手に手を出してこめん。ちょっと我慢できなかった。」
アレクスティードは持ち上げていたティーカップをソーサーに戻し、軽く目線を下げた。
「そんなことないわ。あの状況は一人で対処出来なかったもの。自分でどうにかするって言ったくせにね。」
「あの場でも言ったけどさ、本当にカッコ良かった。あんな大勢の人に睨まれて強要されて怖かったと思う。嘘でも謝った方が楽だったって思う。それでもシャルは偽らなかった。あんな勇気、普通はないよ。」
どこまでも肯定してくれるアレクスティードの真っ直ぐな言葉に、自己嫌悪に陥っていたシャルロッテの瞳が僅かに揺れる。
「あれはつい普段の本音が口をついて出てしまっただけよ。特別勇気を出して言ったことではないわ…」
「いいの。俺が褒めたいんだから。」
軽く笑いながらそう言うと、アレクスティードは茶菓子として置かれていたチョコレートを一粒つまみ、包み紙から取り出してシャルロッテの口に押し込んだ。
「はい、ご褒美。」
「ん…何よこれ…物凄く甘い…けれどこれはクセになる美味しさだわ。」
初めて食べる口内にまとわりつく甘美な味に、シャルロッテは驚きながらも喜んでいる。
その姿を見つめながらにこにこしていたアレクスティードだが、しばらくするとどこか意を決した様子で真剣な表情に切り替わった。
「ねぇ、シャル。」
「ん?」
よほどチョコレートの味が気に入ったのか、二つ目を頬張ったシャルロッテがモゴモゴと一生懸命に口を動かしながら彼の方を向いた。
「俺と結婚しよ。」
口調は普段と変わらないのに、彼の瞳は怖いくらいに真剣だった。月を連想させる美しい金の瞳にシャルロッテだけを映す。艶やかな黒髪とのコントラストが美しい。
(冗談…じゃないわよね…?)
さすがの彼女もこれは本気であるということが分かり、動揺が走る。だからこそなんて言って返していいか分からず、口の中で溶けたチョコレートを飲み込んで黙り込んだ。
(こんな私と結婚したって何の得もないと思うのだけど…きっと相当な物好きなのね。さすがはお金持ちだわ。)
考えを巡らせるシャルロッテの中で、勝手にアレクスティードのイメージが出来上がっていた。
「えっと」
とりあえず場繋ぎ的な言葉を発したシャルロッテ。
このまま話を流そうと思ったのだが、そんなことは想定済みの彼は余裕の表情で言葉を続けた。
「じゃあ、シャルが頷きやすいように言い方を分かりやすくしよう。」
微笑んでいるにも関わらず、シャルロッテを捉える彼の瞳は完全に捕食する側のそれであった。




