16.夜会へ
迎えた夜会当日、死んだ魚の目をしたシャルロッテはあの真っ赤なドレスを身に纏っていた。
豊満な胸が溢れそうなほど大きく胸元が開いており、腰と尻を強調するタイトなデザインのため嫌でも身体の線が露わらになる。広い会場の中、周囲を見渡してもそんなドレスを着ているのは、シャルロッテだけだった。
シャルロッテは、心配かけまいと弟のヘルテルには今回の夜会のことを黙っていたのだが、邸を出る途中で運悪く遭遇してしまい、娼館で働いていると勘違いされる一幕があった。勘違いした半狂乱の彼に泣き叫んで止められ、軽く修羅場だった。
なんとか収めたその後、直前でレナードから遅れると一報が入ったため自分で移動手段を調達しなければならなくなり、派手な格好にシュートの外套を羽織って市街地まで歩く羽目となってしまった。
これから店に行く娼婦にしか見えない格好で辻馬車に乗り、人目を避けるようにしてなんとか会場入りして今に至るのだ。
(物凄く見られてるわ……)
レナードを待つまでの間、会場入り口付近の壁際に立っていたが、行き交う人が多く、通りすがりの人全員に不躾な視線を向けられるためシャルロッテは場所を移すことにした。
(ここなら遠くても入り口が見えるし、周囲に人が少なくていいわね。)
彼女が選んだのは、テラスへと繋がるガラスドアの近くだった。
デビュタント以来となる夜会のため彼女は知らないが、テラスに誘いやすいここは有名なナンパスポットだ。男も女も一夜の出会いを求めてここに集まって来る。
そんなことも知らず、娼婦まがいの格好でキョロキョロと周囲を見ながらひとりで立っているシャルロッテ。声を掛けられないわけがなかった。
「見ない顔だね。こういう場は初めて?」
話しかけてきたのは、着崩したスーツを着たシャルロッテより少し年上の、見るからに軽薄そうな男であった。
(それを貴方に伝えたところで何の意味があるのかしら?)
心の中では毒づくが、この社交の場でそのような失礼な態度を取ることは出来ない。とりあえず俯いて恥ずかしそうなフリをすることにした。
「お待ちしている方がおりますので…」
「今いない奴のことなんてどうでもいいじゃん。俺と遊ぼうよ。君だってそのつもりでここにいるんでしょ?退屈させないからさ。」
「それはでき…」
(そういえば、誘いを断るなって手紙に書いてあったけど、このナンパも断るなってこと?…いえ、そんなわけないわよね。)
手紙を思い出して一瞬躊躇したものの、『それは出来ない』そうきっぱり言ってやろうと思ったその時、肌がひりつくような強烈な視線を感じた。
「……っ」
視線を感じた方に目を向けると、じっとこちらを見ているレナードと目が合った。
『断るなと言っただろう。断ったらどうなるか分かってるよな?』
陰湿な彼の瞳から脅しの言葉が伝わって来た。シャルロッテの背筋に嫌な汗が流れる。
(よりによって何でこのタイミングで見られているのよっ……)
シャルロッテの事情など知らない目の前の男は、何を想像したのかだらしなく顔を緩ませ、卑猥な視線を向けてくる。
「あれ、それともサシだと満足出来ないタイプ?その見た目だもんね。仲間呼んで来ようか?数人ならすぐに集められるよ。」
(………ああもうっ!その舌ちょん切って今すぐ黙らせたいわ!どいつもこいつも何でこんなに気色悪いのよ!絶対こいつも金持ちだわ!)
俯いて上手く顔を隠したまま、内心怒り心頭しているシャルロッテ。それでも、レナードという監視の目がある以上、今は断らずにこの場を上手く切り抜けるしか方法がなかった。
「あの…相性を確かめたいから、まずは私とダンスを踊ってくださらない?」
死ぬほど嫌だったが、苦肉の策でダンスの提案をしたシャルロッテ。それが終わったらレナードの元に逃げれば良い、そう考えたのだ。
「……悪くないね。」
ニヤリと下品に笑った男の視線は、強調されているシャルロッテの豊満な胸に釘付けだ。
(チッ…ダンスが終わったらあのやらしい目にワインぶっかけてやろうかしら…いえそれよりも、沁みるからレモン水にしましょう。)
彼女は目だけを動かし、ダンスが終わったらすぐ取りにいこうと給仕係の位置を確認していた。
「さぁ腕をどうぞ、お姫様。」
「……ええ。」
胸を凝視したまま、男が仰々しい態度でエスコートの腕を差し出してくる。その欲に塗れた行動は滑稽でしかなかったが、シャルロッテがそれを拒絶することは許されない。
(相手はただの石像、ただの石像、ただの石像…終わったらレモン水で目潰し…)
蕁麻疹が出ないよう心の中で唱える。顔を引き攣らせたシャルロッテがほんの少しだけ相手の腕に手を乗せた。
「なにそれ初心なフリ?まぁ面白いから、乗ってやってもいいよ。」
「………っ!!?」
その直後、不意に男がシャルロッテの頬に唇を近づけてきた。
(はぁ!!?ちょっ………やめてよ!!この変態クズ野郎っ!!!!)
「何…やってるんだ…」
唇が頬に触れる直前、後ろから絶望に染まる声が聞こえて男の動きが止まる。
(この声は……………)
恐る恐る振り返ると、深く傷ついた顔をしたレナードがすぐ近くでシャルロッテのことを見ていた。




