15.手土産とは
一応、部屋着から外出用の簡素なワンピースに着替えたシャルロッテが客間に向かうと、予想した通り爽やかな笑顔のアレクスティードが優雅な雰囲気でソファーに腰掛けていた。
この客間は普段レナードを通している通称 特別室とは異なり、それなりに見栄えのする部屋になっている。それなのに、彼の見るからに高そうな生地の服と彼の神々しいほどの美貌を前にすると、場違い感が半端なかった。
「来ちゃった。」
「手土産って何かしら?」
シャルロッテに可愛らしく微笑むアレクスティードだが、残念ながら彼女の視線は椅子の隣に置いてある大きな紙袋に一点集中だ。
「……って理由を聞いてくれないの?もしくは何で来たのかって罵られる方がよほど嬉しいんだけど。」
瞬く間にアレクスティードから笑顔が消え、拗ねた彼が責めるような視線を向けてきたが、シャルロッテはどこ吹く風だ。
「ああそうね…これは冷やした方が良いわね。こっちは今日の夕飯に出してもらおうかしら。」
どこまでもマイペースなシャルロッテは、紙袋の中身をテーブルの上に並べて仕分けを行った後、ギョッとした顔でお茶を出しに来たミミにそれらを託していた。
「そろそろ良いか?」
シャルロッテが手土産のケーキを食べ終えたタイミングで、アレクスティードが口を開いた。彼女の胃袋が落ち着くまで根気強く我慢していたらしい。
「ええ。それで何の用なの?」
「先日の夜会でレイチェルが君の婚約者と踊ったそうだ。その時その…ほんの少し挑発したみたいでさ、シャルのところに八つ当たりが来てないか心配になって様子を見に来たんだ。」
無駄にシャルロッテを不安にさせないよう、彼は丁寧に言葉を選びながら慎重に伝えた。
(そういうことだったのね…)
シャルロッテの中でアレクスティードの話と、夜会に来いと言われたことが繋がった。経緯は不明だが、その夜会での出来事がきっかけになったのだろうと自分の中で結論付けた。
「何か嫌なこととかされてない?どんな些細なことでも良いから教えて欲しい。何かあればそれは俺のせいだから、対処させて。」
膝の上に手を組んだアレクスティードが、真っ直ぐにシャルロッテの瞳を捉えた。
「特に何もないわ。次に顔を合わせるのは来月だから、何かあるとすればその時ね。でも恐らくいつもと同じだと思うわ。」
「……そうか。うん、ならいいんだ。」
シャルロッテは手紙のことを言わなかった。大丈夫だと告げられたアレクスティードは安堵した表情をしていたのに、その瞳はほんの僅かに陰っていた。
「ほんと美味しそうに食べるね。」
「だって本当に美味しいもの。」
彼の前にあった手付かずのケーキをシャルロッテがねだり、自分の空の皿と彼のケーキを交換して機嫌良く食していた。
貴族社会では感情の起伏がないことを美徳としており、喜怒哀楽はほとんど表に出さない。愉快な時も不愉快な時もひたすら微笑を保つのだ。そしてその縛りは高位貴族になるほど厳しかった。
だからこそ、素直に喜びを爆発させて思いのまま食を楽しむシャルロッテの姿が彼には好ましく思えていた。このまま見続けていたいと思うほどに。
彼女の胃袋が満たされた頃、ずっと眺めていた彼の胸も一杯になっていた。優美な所作でお代わりの紅茶に口を付けながら、何気ない口調で言う。
「また遊びに来ても良い?」
だが彼の一言で場が凍りつく。
ここには二人しかいないため、厳密に言うとシャルロッテの纏う空気だけが凍てついていた。
「…間違えた。また手土産を持って来ても良いか?」
「もちろん、大歓迎よ。」
「トテモウレシイナ」
シャルロッテは途端にとびきりの笑顔を見せてくれたが、それが自分に向けたものではないと分かっている彼の返事は思い切り棒読みであった。
その後、帰るアレクスティードを見送るためシャルロッテも玄関先までやって来た。だがそこに馬車はなく、大して広くもない敷地を見渡す。
「馬車なら敷地の外に置いて来たよ。…馬車で乗り込んだらさすがに目立つでしょ?あ、置いて来た馬車もお忍び用の地味なやつだから。」
なぜだろうと不思議に思っているシャルロッテに、アレクスティードが説明を加えた。彼なりの気遣いだったらしい。
その説明にシャルロッテが目を見開いて驚く。
「レイチェルがアレクはモテるって言っていたけれど、今その理由が分かった気がするわ。気遣いが素晴らしいのね。助かるわ。」
「は?あいつ…また余計なことを言って…」
悪態をつきながら横を向きカリカリと頭を掻くアレクスティードだが、彼の耳は赤く、照れていることが丸わかりだ。
「次は馬車で敷地の中まで入って来て良いわよ。」
「え、それって……」
アレクスティードが目を瞬いた。顔の下半分を手で覆い隠し、驚いた顔でシャルロッテのことをガン見している。
彼女のことだから期待してはいけないと頭で理解しつつも、この流れならいけるかもしれないという謎の自信が沸き起こる。
「ねぇ、次は行商人の馬車を借りられる?あの高い屋根のやつ。それで、小麦や砂糖の大袋を手土産にしてもらえると嬉しいわ。」
「…………いやそれ、もはや手土産の催促っていうより業者への発注と変わらないんじゃ」
やっぱりそんな理由だったかとアレクスティードが倒れそうになりながら、ため息まじりに言葉を返した。
「ここ最近ずっと値上がりが続いていて、主食をじゃがいもに変えたのだけど…やっぱりたまには焼き立てのパンが食べたいのよ。贅沢かもしれないけれど。」
「喜んで。」
アレクスティードは気付けば即答していた。
そんな困窮した食事事情を聞いて応えないわけにはいかなかった。
彼女の心が自分にあってもなくても、ヘイズ家への食糧支援は命ある限り継続していこうと誓う彼だったのだ。




