14.次から次へと
シャルロッテの趣味は金勘定だ。
暇さえあれば自室にこもって金の計算をしている。それは最も心が穏やかになる瞬間だ。そして溜まった額の数字を眺めては、目標額に達した時を想像して顔を緩ませるのだ。
「お嬢様、旦那様からお手紙が届いております。」
机の上に出した帳簿と整列させた金貨を眺めてニヤついていると、入室してきたミミが一通の簡素な封筒を手渡してきた。
「チッ」
封を開けて中身を見た途端、シャルロッテが思い切り舌打ちをした。
「またいつものでしょうか…?」
「ええ。金の無心よ。また新規事業を失敗したらしいわ。お金を融通して欲しいって。全く…どうしてこっちにお金があると思うのかしら。」
シャルロッテが呆れたように深くため息をつき、ミミが気遣わしな視線を向けてくる。
「…どうされますか?」
「前回みたいに邸に押しかけられても迷惑だから、この前クズが落として行った金貨数枚だけ渡すわ。それくらいならなんとかなるでしょうし。」
「畏まりました。」
何度か父親から、レナードに頼んでほしいと言われており、それを断ったせいで邸に盗みに入られたことがあったのだ。未遂に終わったものの、ガラスを割られ無駄な出費が増えたという散々だった過去があった。
ミミは早速、指示された送金の手配を進めるため部屋を後にした。だが、彼女は数分もしないでまたすぐに戻ってきた。
「お嬢様、たった今クズの使いからこんなものが……」
真っ青な顔で震えるミミが抱えていたのは、目が痛くなるほど真っ赤なドレスと一通の手紙であった。
シャルロッテはソファーから立ち上がって冷静な足取りで近づくと、手を伸ばしてドレスの内側に付いていたタグを確認し舌打ちをした。
「…これ貸衣装だわ。ほんとドケチね。これがプレゼントなら有り難く売らせていただくものの…」
「お嬢様、まずは手紙をお読みください。この品のないドレスがただの贈り物とは思えません…」
胸元の大きく開いた時代遅れの真っ赤なドレスに、ミミは嫌悪感を露わにしている。こんな娼婦のようなドレスをシャルロッテに贈って何をさせるつもりかと、見るだけで怒りが込み上げてきた。
ドレスの品定めを終えたシャルロッテがようやく手紙の内容に目を通し始める。
『これを着て私と夜会に出ろ。いいか、会場では他の男の誘いは絶対に断るな。拒否した場合、今後一切の支援を打ち止めにする。お前に拒否権はない。』
それは立派な脅迫文であった。
同封されていた美しい台紙で出来た夜会の招待状との落差が酷い。
「なんなのこのクズ…横暴が過ぎるわ。」
読み終えたシャルロッテは手紙をぐちゃぐちゃに丸め、憎しみを込めて床に投げ付ける。彼女は烈火の如く怒っていた。後から内容を見せてもらったミミも同様だ。あまりに身勝手な指示に、二人は憤怒の表情でブチ切れている。
「お嬢様、参加は見送りましょう。きっと何か企んでいます。行くのは危険です。絶対にだめです。」
「そうかもしれないけれど…今相手からの支援金が無くなれば間違いなくうちは途絶えるわ。こんなことで弟の将来を奪うわけにはいかないのよ。」
ミミは反対したがシャルロッテの意思は固く、彼女は首を横に振った。
「ではせめて、ロウムナード公爵令息様に知らせましょう。きっと力になって下さいます。」
「それはダメよ。彼には関係ないもの。」
この提案もシャルロッテは拒否した。自分の力だけで解決するつもりらしい。
彼女の身を案じるミミは、悔しさとなんの力にもなれない己の不甲斐なさに拳を握りしめ、唇をかみしめている。
「そんな顔をしないで。たかが夜会よ?他の人の目もあるし、参加するだけでご機嫌取り出来るなら安いものよ。」
「お嬢様の決めたことを私が止めることは出来ません…でも、会場では密室で二人きりにならないようお気を付けください。ご自身の身の安全を第一になさってくださいね。本当に無理はしないでください。絶対の絶対にですよ!」
「ありがとう、ミミ。」
瞑目したシャルロッテが礼を言う。
お金も将来の見通しもない自分の人生に、こんなにも心を砕いてくれる彼女の存在が心の底から嬉しかった。心配してもらえるだけで、こんな自分にも価値があるように感じられたのだ。
「この目障りなドレスをしまってきます。ついでに公爵家から頂いた高級茶を淹れて来ますね。」
「ええ、お願い。」
雰囲気を変えようと気を遣ってくれたミミに、シャルロッテも淡い笑顔を見せた。
「お嬢様、大変です!」
ミミと入れ違うようにして、今度は焦った様子のシュートが部屋にやって来た。
よほど急いで来たのか、いつもはきっちり横に揃えられている前髪が乱れている。少し息も上がっていた。
「今日は一体どうしたって言うのよ…それで今度は何かしら?」
次から次へと訪れる問題に、シャルロッテがうんざりとした表情を見せる。
「と、とんでもなく端正な顔立ちの若者がお嬢様を尋ねておいでになりました…これはあのクズが仕掛けてきたハニートラップに違いありません!」
齢50を迎えるシュートが大真面目な顔で言い放ったのだが、なぜかいつもの彼とは違い微妙にテンションが高そうであった。
「いや、なんでよ。」
ひとり盛り上がる家令に、シャルロッテは冷静を通り越して若干冷ややかな態度で否定した。
(絶対に家には来ないでと言ったのに…なんの嫌がらせかしら)
相手に心当たりのある彼女は、トントンと指で机を叩き苛立った様子で簡潔にシュートに指示をした。
「お断りして。」
「それと、ひとつ託けを預かっておりまして、『手土産がある』とのことでした。これは何かの隠語なのでしょうか…」
どうしてもレナードの謀略に繋げたいらしいシュートが勝手に深読みをして考えを巡らせていた。
「手土産…お通ししてちょうだい。」
「畏まりました。」
シャルロッテの身の変わりように、シュートが僅かに目を見開く。
(やはりあの託けには、お嬢様にしか分からぬ意味があったのか…あの美青年の正体は一体…後でミミに尋ねるか)
最近ミステリ小説にハマっているシュートは好奇心が止まらなかった。無駄に心をワクワクさせて客人の元へと戻って行く。
彼女は単純に、公爵家が持参した土産が気になっただけとは思いもよらなかったのだった。




