12.レナードという男
派手好きのレナードは華やかな社交場を好み、毎晩のように夜会に顔を出している。
次期侯爵として顔を広げ縁繋ぎをするためというのは建前であり、本来の目的は所謂ナンパだ。秋波を送ってくる貴族令嬢に声をかけ、顔の良さと立場を最大限利用して一晩の情事を楽しんでいるのだ。
そのやり口は狡猾で、あと腐れのないよう下位貴族を選び、訴えられないよう事の終わりには金銭を渡すものであった。
その晩も、いつもと同じように婚約者の存在を隠して一人夜会に参加していたレナード。
今日は何故か、会場に足を踏み入れるとチラチラと見られているような好意的ではない視線を複数感じた。
(…なんだ?今日はやけに視線を感じるな。)
不審に思って見られていた方に視線を向けると、数人の令嬢が口元を扇子で隠してお喋りに興じていた。しかし、レナードが気付いても彼女達に動揺は見られない。
(気のせいか…)
自分の思い込みだと判断したレナードは、凛とした顔で年頃の令嬢達を物色しながら今晩の相手を求め会場内を練り歩く。
すると、彼の存在に気付いた恰幅の良い壮年の紳士が進行方向からこちらに近づいて来た。
「ご無沙汰しております。サンチェル伯爵。」
好青年の皮をかぶったレナードが足を止め、軽く胸に手を当てて礼儀正しく挨拶をする。
「レナード君、久しぶりだね。いやぁ、君の噂は聞いているよ。愛しの婚約者殿がいるんだって?それも公の場に出したくないほど溺愛しているとか。私の娘を紹介しようと思っていたのに残念だよ。」
「!」
はははと快活そうに笑うサンチェルだが、意図的にシャルロッテのことを秘匿していたレナードは、何一つとして笑えなかった。顔が引き攣りそうになる。
「え、ええ、まぁ…しかしそのような話をどこでお耳に?」
悟られまいと必死に微笑を保つものの、レナードの受け答えは歯切れが悪く、目に見えて動揺していた。
(どうしてこいつがシャルロッテのことを知っている…?)
ーー あいつとの婚約は口約束であり、正式な手続きはしていない。婚約者だと思い込んでいるのは、あの馬鹿な貧乏一家だけ。元から婚姻などせず適当に弄んで捨て、領地だけ奪いとるつもりだった。
だから存在をひた隠しにしている。あれが公の場に出たのも、デビュタントの1回きりだ。それ以降は邸から出たこともない。外に遊びに行けるような余分な金は渡していないからな。
それをどうやってこの男は嗅ぎつけた?
「そう怖い顔をせずとも、君の大切な人を取って喰いやしないよ。」
「いえそのようなことは決して…」
表情を取り繕うが遅かった。
視線を泳がせるレナードに、貴族らしい口元だけの笑みを向けてくるサンチェル。
「まぁ一度くらい会わせてくれ。楽しみにしているからな。君の大事な婚約者殿にも宜しく伝えてくれ。」
「はい、お心遣いありがとうございます。」
サンチェルの真の目的を探ることも出来ず、レナードはあっという間に去っていくサンチェルに御礼を伝えることしか出来なかった。
(あの顔の広い男が知っているということは、もう貴族社会に広まっているのか…?)
レナードは不自然な位置で立ち止まったまま、混乱する頭で思考を巡らせる。
(婚約者がいながら他の女に手を出したとして断罪でもするつもりか?…しかし口約束の婚約者だから罪を問われたところでなんら問題はない。)
彼の薄い唇が弧を描いた。
(…むしろこれはチャンスだ。あいつから金を搾取されていると吹聴して同情を誘えるではないか。もしくは、没落寸前の伯爵家を健気に支える者として支持を集められるかもしれない。…どたらに転んでも私には旨みしかないな。)
余裕の笑みを浮かべたレナードは給仕からワインを受け取り、優雅にグラスを傾けながら不審に思われない程度に周囲に視線を巡らす。
(喧しい女は好みじゃないが、今日は噂好きの女の相手でもして、シャルロッテの悪行を広めてやるか。この婚約を憐れんで、さらに女が寄ってくるかもな。)
「フフッ…」
思わず笑みが溢れるレナード。
その肩を揺らす背中に、凍てつく視線が向けられていたなど気付きもしていなかった。
「突然申し訳ありませんわ。」
レナードが後ろから可憐な声で話しかけられ振り返ると、そこには誰もが知る高貴な立場の美しい令嬢が佇んでいた。
「わたくしと一曲踊ってくださらない?」
長い睫毛をくるりんとカールさせ、上目遣いで潤んだ瞳を向けてくる彼女。緊張で小さな口をぎゅっと結び、頬を薔薇色に染めて恥じらう様は、呼吸が浅くなるほど愛らしかった。
(どうやら私にもツキが回ってきたらしい…)
社交界の華であるレイチェル・ロウムナードに誘われたレナードは、高揚感に胸が満たされ有頂天になっていた。




