11.奇遇
「やぁシャル、久しぶり。」
「ご馳走様。」
「……いや別にいいんだけどさ、せめてもう少し驚いた反応とかさ…」
憂さ晴らしのため、賭博場で小金を稼いだ後すっかり慣れた酒場のカウンターにひとり座っていたシャルロッテ。
そのすぐ隣に座ってきたアレクスティードの顔を見上げることもなく、堂々と財布扱いしている。
「店主、ボードに書いてある本日のおすすめ全部持ってきて。あと帰る時に10人前包んでちょうだい。お会計はこちらのお兄さんに。」
「へい毎度。」
「既視感のある光景だな……………」
アレクスティードは呆れた顔をしつつも、シャルロッテに頼られている事実に内心ニヤけていた。
「今日は大丈夫だったか…?」
運ばれてきた葡萄酒二つをさりげなく自分の方に寄せると、アレクスティードは後から頼んだ果実水をシャルロッテの前に置いた。
「相変わらずのクズっぷりよ。人の貞操を売っていたわ。まぁそれで今日は難を逃れたのだけど…」
「はぁ!!?危なっ……先手を打っておいて正解だったな。」
シャルロッテの話を聞いたアレクスティードが顔を青くしている。葡萄酒を二杯一気飲みするとすぐさま追加で注文していた。
「先手って何の話かしら?」
つまみのピクルスを口にしながら、首を傾げたシャルロッテが尋ねる。
「ああその…いや、非常に言いにくいんだけど…」
ばつが悪そうに顔を逸らして頭を掻くアレクスティードが、無意味に皿の上の肉に何度もフォークを突き刺して蜂の巣にしている。明らかに奇行で挙動不審であった。
「……もしかして私の買い手って貴方なの?やっぱり金持ちにはクズしかいないのね。逆に清々しいわ。で、いくらなの?」
限界まで身体を晒して距離を取ったシャルロッテが、ゴミを見るような蔑んだ目をアレクスティードに向ける。
「断じて違う!……別人を装ってあいつに持ち掛けたけど、それは君を守るためだ。何をしでかすか分からなかったから、手を出さないように買うフリをしたんだ。だからその…他意は全くない。抑止力になればと…こんな守り方しか出来ず申し訳ない…」
アレクスティードが狼狽えながら、必死な表情で答える。額には汗が滲んでいた。
「なるほどね…ありがとうと言うべきなんでしょうけれど、その発想に至るのが少し怖いわね。富裕層だと当たり前の感覚なのかしら?」
「ご不快にさせて申し訳ありません…………」
シャルロッテの尤もな言い分に、アレクスティードはただただ反省した態度を見せるしかなかった。
その分かりやすい様子を見た彼女がクスッと笑みをこぼす。
「でもやっぱりありがとう。おかげさまでどうしようもないクズだってことが分かったわ。これで完膚無きまでに叩き潰せる。」
爪が白くなるほど強くグラスを握りしめたシャルロッテが中身を一気に煽った。すかさずアレクスティードが二杯目を注文する。
「それなんだけどさ」
運ばれてきた果実水のグラスをシャルロッテの前に移動させながら、アレクスティードが上目遣いで窺うような視線を向けてきた。
「俺に任せてくれないかな?これ以上シャルを危険な目に遭わせたくないし、俺ならゲルテルド家を潰してヘイズ家の借金も全て清算出来る。何もかも後腐れ無く解決して見せるよ。」
「お断りするわ。」
「即答だな。そう言われると思ったけどさ…理由を聞いても?」
捨てられた仔犬のような瞳をしたアレクスティードが、勢いよく酒を煽った。
「私は自分の手でやり返してやりたいのよ。貧乏だし人脈もないし学もないけれど、気は弱くはないわ。だから、自分の人生を人任せになんてしたくないの。」
シャルロッテが達観したように言う。
彼女の言葉は気負ってなくてどこまでも真っ直ぐだった。強がりでも建前でも綺麗事でもなく、彼女の本心だと分かる。
「……だから好ましいと思うんだよな。」
「え?何か言った?」
「ううん、こっちの話。」
打って変わって上機嫌になったアレクスティードに、シャルロッテが猜疑心の目を向けるが、返ってきたのは貴族らしい完璧な微笑だけだった。
「ねぇ、今度家に遊びに行っていい?」
「は?駄目に決まっているでしょう。貴方の口に合う紅茶なんて出せるわけないわ。あったとしても勿体無いし。」
「こら、本音漏れてるぞ。」
唐突な誘いで動揺させようとイタズラ心を炸裂させたアレクスティードだったが、シャルロッテの意図しない意趣返しに撃沈した。
「あのクズに勘付かれたら何されるか分からないし…次は仕置きするとか言いやがったから本当に気持ち悪いのよ。…あの粘着質な視線を思い出したら蕁麻疹が止まらないわ。」
「はぁ?あいつなんなのほんと。……決めた。即刻カタをつけてやろう。」
「ちょっと、余計なことしないでよね?」
「安心して。あのクズが勝手に破滅するだけだから。俺はそれを予言しただけだよ。」
にこにこと黒い笑みを振りまくアレクスティード。
(絶対に何か企んでるわよね……?)
何を言っても聞き入れてもらえなさそうな圧に、シャルロッテは追及を諦めて食事を楽しむことに切り替えたのだった。




