龍の愛子
ナバルの店で菓子を買い込み、あとは徒歩でバドック村へと向かう。
まっすぐに続く踏み固められた街道は、影ができるようにだろうか、両脇に等間隔に木が植えられている場所も多い。起伏により多少のずれはあるが、東西南北どの方向へも徒歩なら二日で宿場町に辿り着けるように街道が交差し、町村はその周りに点在していた。
見上げるほどの大木は分岐点では途切れ、幾分細い横道が町村へと続く。
ここに限らず、多くの場所で同じ造りの街道。景色での見分けがつきにくいので、各分岐点には道標が立てられていた。
橙三番からひとつ目の横道に逸れる。バドック村はここからしばらく。続く緩やかな傾斜の先には裏手の山が見えていた。
「そういえば、どうしてリーはここに寄りたかったんだ?」
フェイに思い出したように問われ、リーは肩をすくめた。
「護り龍と話したくて」
「護り龍?」
聞き慣れぬ言葉にエリアが口を挟む。
エルフには馴染みがないのかと思いながら、リーは簡単に説明をしてから。
「ここには俺と来てるから大丈夫だと思うけど。よそから来た奴がウロウロしてたら警戒されたりするからな?」
龍の意思なくてはきれいに剥がれぬ鱗だが、それでもと求める者もいる。
人の傍で生きる護り龍は、それだけ誰の手も届くところにいるということ。町村によっては護り龍がいることをあまり公言しない所もあった。尤も、近隣との関係など、理由はそれだけではないだろうが。
バドック村は隣町と少し距離があるためそういった諍いはなく、護り龍がいることを言い触らしも隠しもしていない。
「しないって。龍がいるのはわかるもん」
あっさり返され、魔力でわかると言われたことを思い出す。
そして同時に浮かぶ、ひとつの疑問。
「…ならなんでメルシナで………」
「お腹すいてたんだもん」
迷いもせずに答えるエリア。
やはりエルフとは相容れないと、リーは盛大に溜息をついた。
驚いたと言いながらも嬉しそうに迎えてくれたジークとシエラにフェイを紹介してから、リーはひとりネイエフィールの下へと向かう。
ネイエフィールは声をかける前から既に姿を現してくれていた。向けられる眼差しに労いが含まれていることに気付き、やはり報告はいっているのだと確信する。
「ただいま、ネイエフィール」
前に立ち名を呼ぶと、ネイエフィールの眼が嬉しそうに細められた。
「おかえり、リーシュ。ご苦労だったね」
「俺はたいしたことしてないよ」
かけられた労いへの応えは謙遜ではない。
深く関わることにはなったが、己ができたことはほんの僅かであったと思っている。
「…でも、少しは何かできてたらいいなって。そう思う」
あのエルフの青年が、自分の存在に少しでも救われてくれていたならと。
自分には、願うことしかできないけれど。
じっとリーを見据え、それで、とネイエフィール。
「あんな連れがいるならここに寄らずとも行けただろうに。珍しいこともあるもんだね」
咎める口調の割に優しいその眼に、何を聞きたいかなどわかってるくせにとリーは笑う。
昔から自分を見守ってくれていたネイエフィール。見透かす龍の眼などなくとも、おそらく気持ちは知られている。
だからこそ。
「…ネイエフィールから聞くべきだと思って」
穏やかに自分を見下ろすネイエフィールへと、少し前から抱くようになった疑問を投げかける。
「……俺は、何?」
「何と言われても。リーシュはリーシュだろう?」
ネイエフィールに呆れたように返されて、リーはわかってるけどと苦笑する。
「ちゃんと覚えてるよ。そうじゃなくて」
反論するリーに、悪かったねと笑い。
ゆっくりとネイエフィールが手を伸ばし、慈しむようにリーの肩に触れた。
「お前は龍の愛子。人でありながら龍の魂を持つと言われる存在だよ」
夜になり、リーはひとり自室で横になっていた。
フェイは実家の客間、エリアとティナはシエラの家に泊まっている。
夕食は前回同様全員で取った。
明らかに減った双子の食べっぷりを残念がるシエラと、お土産だと菓子を持ち帰ってきたナバル、そして夕食後、フェイも交えていつものように酒を出してくるジーク。
三人それぞれ、僅かにいつもと違う態度であったのは、まだ少し戸惑う自分を気遣ってだろう。
ネイエフィールからは龍の愛子である自分が、龍にとって、そしてエルフにとってどういった存在であるのかを聞いた。
『エルフが人を絆すように、お前は龍を絆す存在だということだね』
そう軽く言われたものの、笑えぬ言葉に苦笑するしかなく。
天井を見上げ、息をつく。
どうして今まで話してくれなかったのかと尋ねても、ネイエフィールは何も言わなかった。だがきっと、前回告げられた言葉がその答えなのだろう。
このことを知っていたなら、もしかするともう少し、あの青年の気持ちを理解することができたのかもしれない。
そんなふうに思ってしまうのは、やはり心のどこかで何もできなかったような気がしているからか。
「……愛子、か…」
どうにも小っ恥ずかしい響きだと思いながら。
自分自身が言ったことなのだから。知り合った龍たちの厚意を疑うような真似だけはしないと、それだけは心に決めた。
翌朝早く、リーはネイエフィールに礼と別れを告げに行った。
大丈夫かとは尋ねないネイエフィールに、決意は伝わっているようだと思う。
ジークたちにもまた来ると言い、リーたちはバドック村をあとにした。
少し距離を取ってから、フェイに乗っての移動に切り替える。元の姿に戻ったフェイに視覚阻害をかけ、上空へと昇った。
「屋根って数字書いてるんだねぇ」
見下ろしたエリアが指差して言ってくるが、もちろん見る気になどならない。
「ね、リーってば。見てる?」
「見るわけねぇだろっ」
声をかけるなとばかりに叫ぶが、本人はたいして気にした様子もなく。
「あ、あれって宿場町の色と数字なんだね」
「知るかっっ」
「見たらわかるって、ほら」
「ひっ、引っ張るなって!! 頼むから!!!!」
「お前ら! 気が散るからやめてくれ!」
ぎゃあぎゃあ言い合う三人と、気にせず眼下の景色を楽しむティナ。
束の間の、そして最後の、四人での旅路だった。
ミオライト村の近くにフェイが降り立った。よろよろと降りたリーが回復するの待ってから、互いに別れを告げる。
「ありがとう。楽しかったよ」
満面の笑みを見せるエリアと。
「ありがとう」
少し微笑み、ティナも告げる。
「そうだな、おかげで退屈しなかった」
人の姿に変わったフェイがそう笑う。
三人を見、息をついて。
「ほんっとにお前らはめちゃくちゃだったけどさ…」
続けかけた言葉を一度呑み込み、リーは少し迷ってから順にふたりを見る。
本当に振り回されたと思う。しかしそれでも、ふたりから学んだことも確かにあった。
「エリア、ティナ」
出会ったあの日以来、名を呼ぶのは二度目。
「俺も。知り合えてよかったよ。ありがとな」
呼ばれた名にもかけられた言葉にも驚いた様子すら見せず、ふたりはただ笑みを返し。
「じゃあまたね!」
あっさりとそう言って、木々の向こうへ姿を消した。
次回の更新で完結です。
明日…上げられればいいなぁ…。




