戻りゆく日常
主体の討伐以来、各地でのシングラリアの数は激減した。
懸念していた靄の行方もどうやら心配はないようで、たまにうっすらとした靄が本部の方へと向かっていくのを見るようになった。
エリアとティナについてはこれ以上の逗留は不要と判断され、ふたりをミオライト村へと送ることを以てリーも今回の任を解かれることが決まった。
―――待機中に、あのエルフの青年は故郷で埋葬されたという。
レジストから聞いた、長ったらしいエルフの名の最初の部分。
エルフであることに悩み翻弄された彼の、彼としての名。
自分が知るのはそれだけで十分だ。
明日の出発を控え、エリアとティナも宿場町の宿へと身を移していた。リーとフェイが泊まる部屋で、四人は明日からの工程を確認する。
夕食時に話せなかった理由は、移動をフェイに頼るため。石を取りに行くために数度戻っていたとはいえ、ふたりが村を出てかなりの日数になる。歩いて帰ればまた十数日かさむので、ここはフェイを頼ることにした。
もちろんリーにとってはご遠慮願いたいことではあるが、文句は呑み込みおとなしくフェイの提案に乗った。
その代わり、というわけではないが、バドック村への寄り道を願う。
「あとから行ったらいいんだけどさ、依頼受けながらじゃどの道から行くことになるかわかんねぇから」
ふたりを送ったあとはメルシナ村でウェルトナックに依頼完了の報告をして、そこからは徒歩でいつも通り請負人として旅をする。
普通ではない連れはいるが、請負人としての日常に戻るのだ。
「別にいいよ。あたしたちもシエラさんたちに会えたら嬉しいし」
渋る様子など微塵も見せずに頷く双子。
あとでフェイにはバドックではなく橙三番の宿場町付近に降りてもらうよう頼もうと、リーは内心考える。
ナバルの勤める菓子店で、村への土産とあの木の実のパイでも買えばいい。
多少無理はあるが、また経費だと言い張って。
一通りの確認を終えて。
それにしても、とリーが苦笑う。
「まさかこんなに長くなるとは思ってなかったよな」
呟くリーに、エリアとティナは首を傾げる。
「そんなに長くないと思うけど」
「お前らにしたらそうかも知れねぇけどさ」
人の三倍を超えるエルフの寿命。数十日などたいしたことはないのかもしれないが。
「にしても。帰れるようになってよかったな」
「うん、なんかよくわかんないうちに終わっちゃってたね」
どこまでも呑気な様子に、お前らな、とぼやく。
実際ふたりが特に何をしたということもないのかもしれないが、それでも最後まで関わったのは事実。
自分たちのするべきことだからという姿勢だけは最後まで貫いたふたり。
エルフ理論には苛々したものの。そんなふたりだからこそ、手伝えてよかったと今は思う。
面と向かって言うのは照れくさいので、口が裂けても言うつもりはないが。
双子は互いに顔を見合わせ、どちらからともなく微笑み合って。
揃って、リーを向いた。
「リー」
改まって名を呼ぶその声はいつもより柔らかく、細められる瞳と相まり絡むように耳に残る。
「ありがとう。こうしてすんなり終わったのは、あの日リーに会えたお陰だって。あたしたちだってわかってるよ」
「…ありがとう」
いつものどこか煙に巻くような態度ではなく、心まで見透かすようにじっと見つめてくるエリアとティナ。
色々と言動にツッコみどころがありすぎて忘れがちだが、このふたりもエルフではあるのだ。連れて食事をしていると妬みと羨みの混ざった視線が刺さる程度には、男共を籠絡できる容姿を持ち合わせている。
そんなふたりにまじまじと見られ、どうにも居心地が悪い。
「…いいって」
困惑気味に視線を彷徨わせて、リーはそれだけ応えた。
どうにも調子の狂う、と思いながら、リーは切り替えるように息をつく。
既にいつもの様子の双子。
ふたりもエルフなのだと改めて思ったからなのかどうかはわからないが。
「なぁ」
声をかけるときょとんとした目を向けてくるふたりに。
なんとなく、聞いてみたくなった。
「…お前らもさ、周りに必要以上によくされたり構われたりするのって、やっぱり気になるのか?」
メルシナ村でもエンバーの町でも人に囲まれ歓待を受けていたふたり。
それを特に気にせず受け入れる反面、自分たちから願うことはなく。
ここへ来てからも隙あらばお近付きになろうとする請負人たちに何やら渡されているのを何度も見たが、いつも笑って受け取りながらも、翌日には笑顔のまま誰だっけと首を傾げて男共を落胆させていた。
それが己自身に向けられたものでないと、割り切れぬ思いを抱いていた彼とラミエ。
初めて村を出たこの双子は、ふたりと同じように惑うことはなかったのだろうか。
リーの問いにそれぞれ首を傾げ、見返すふたりは。
「全然」
あっさりとそう言い切り、怪訝そうに一度互いを見やる。
それから再度向き直り、本当に当たり前のことのように、さらりと告げた。
「だって。誰に何をされたって、あたしたちはあたしたちだもん」
思わぬ―――しかしふたりらしいその返答に、リーは暫しふたりを凝視し、それから溜息とともに肩の力を抜く。
「……お前らと話してると、考えてる自分がバカらしくなってくるな…」
浮かぶのは苦笑でも嘲笑でもなく。
やな言い方、と頬をふくらませるエリアに謝ってから。
ただ、このふたりのぶれないたくましさを羨ましく思った。
迎えた翌日。フェイに乗せてもらうので移動に時間はかからないが、バドック村での用事もあるので朝食後には出発すると決めていた。
ヴォーディスでの討伐に参加していた請負人たちも日常に戻り、食堂の客も今は疎ら。だからいいのと言い切って、リーの隣のテーブルから椅子を引っ張ってきて座るラミエ。
「気をつけてね」
今日発つことを知っているラミエが、四人を見回してそう告げる。
「ありがとな」
礼を言うリーを嬉しそうに瞳を細めて見返してから、エリアとティナを見る。
「…ふたりも。気をつけてね」
心配そうに見つめる瞳に、ふたりはにこりと笑い返した。
「うん! ありがとう!」
ラミエはまだ少し不安の残る顔をしながらも、頑張ってね、と労う。
それから少しだけ吐息をついて、今度はリーとフェイを見た。
「リーとフェイは暫く回ってくるんでしょ」
「そのつもり」
頷くリーに、だよねと呟き、瞳を伏せる。
「…賑やかだったから、寂しくなるよ」
少し沈んだ声ながら、それでも僅かに微笑んで。
そっと伸ばされた細い指が、リーの袖をつまむ。
遠慮がちな主張に身を強張らせ、こちらを見ないラミエからそろりと視線を外して。
「…また来るよ」
どうにかそれだけ、リーは呟いた。




