協力者
再びひとりの部屋。椅子代わりにベッドに腰かけ、まだ少し赤い顔でリーは嘆息する。
あのあと。
我に返ったラミエは赤面して手を放し、それだけ言いたかったのだと言い残して逃げるように帰っていった。
励ましに来てくれたのに妙な態度を取ってしまって悪かったなと思いつつ。少し落ち着きを取り戻し、改めて主体の中で感じた彼の思いとラミエの言葉を噛みしめる。
双子にしても、ラミエにしても、彼にしても。
もちろん種の違いを感じることはあったが、態度に差をつける理由にも、盲目的に献身を示す原因にもならなかった。困っているなら手を貸すのは相手がエルフに限ったことではなく当然のこと、好ましく思うのも、多少なりとも彼らのことを知ったからだ。
しかし彼らの話から、どうやら自分以外の人はまっさきに好ましいと思うらしい。
ウェルトナックが言っていた、エルフは人を絆すということ。その意味を、今となって理解した。
自分としては何も考えていなかっただけなのだが、これでいいのだと言ってもらえるのならば。もしかすると自分も彼に何かできていたのかもしれないと、少し救われた気持ちになる。
そして同時に抱く、己への疑問。
龍からしても、エルフからしても、自分は何やら違うらしい。
(……俺が俺であるから、か…)
忘れるなと言われた、ネイエフィールの言葉を思い出す。
おそらく未だ、自分は護られたままなのだ。
やがてフェイが戻ってきた。
「食堂行ってたって?」
「外でアーキスに会ってな。一杯飲もうと言われたんだ」
もしかしてフェイがラミエを来させのだろうかとちらりと思って聞いてみたが、どうやら違うらしい。
「リーをよろしくと頼まれた」
やはり沈んでいることに気付かれていたのだと、リーは苦笑する。
そんなリーの様子をじっと見やり、フェイはテーブルを挟んで反対側のベッドにぼすりと座った。
「で、どうして答えなかったんだ?」
テーブル越し、真紅の瞳がリーを捉える。
「答えるって何を…」
「協力者のことをあの男に聞かれていただろう?」
自分が誰の名を思い浮かべたのか、フェイには気取られていたようだ。
見据える瞳に疑問はなく、ただ思い出したから尋ねただけだと言わんばかりのもので。
「……巻き込んでいいか、わからなくて」
だからこそ、素直に本音が口をつく。
龍であるフェイに取り繕っても仕方ないという思いも、もしかしたらあるのかもしれないが。
「…どうしたらいいんだろうな」
間違いなくふたつ返事で力になってくれると確信はある。
だからこそ、迷う。
話せぬ秘密を背負うつらさ。その半分を押しつけていいのか、と―――。
逡巡するリーを暫し眺め、フェイが呆れたように息をついた。
「決めていても悩むのは人の常だな」
はっと目を瞠るリーに、何を今更、とフェイが笑う。
「リーの心が決まっているなら、あとは聞いてみればいいだろう?」
あまりにあっさり告げられた言葉は、いつまでもぐだぐだと言い訳をしている自分への叱責にも聞こえて。
くしゃりと頭を掻いてから、深い息とともに自嘲を逃がす。
(……そう、なんだよな…)
楽になるのは自分だけ。それはわかっているのだが。
それでも、望んでいいのなら。
雑念を払うように勢いよく頭を振り、ついでに両手で頬を叩いて気合いを入れて。
「ありがとな、フェイ」
礼を言うと、怪訝そうな顔を向けられた。
行ってくる、と部屋を出る。
養成所時代、最初から仲がよかったわけではない。
誰にでも優しく人当たりがよく。入所早々にケンカをして浮いてしまった自分にも、何事もないように接してくれた。
間に入ってもらえたことで同期との溝もすぐに埋まり。高所が苦手な自分の特訓にも付き合ってくれた。そうしてお互いを知るうちに、いつの間にか誰よりも気が置けない相手となっていった。
お互い請負人になって。いつか一緒に旅回ろうという約束は、未だ果たされていないのだが。
初めてできた、親友とも呼べる相手。
巻き込むのは心苦しく。
だが、この先ともに歩くなら。ほかには誰も思いつかない。
辿り着いた部屋の前、息を整え扉を叩く。
返る応えに名を呼ぶと、かちゃりと扉が開かれた。
「リー」
藍色の瞳を細め、アーキスが迎えた。
リーを招き入れたアーキスは、どうしたのかとは聞かなかった。かけたら、とひとつしかない椅子を勧め、自分はベッドに腰かける。
何も聞いてこないのは、こちらから話すとわかってくれているから。急かすことも割り込むこともないその様子に、アーキスらしいなと思う。
まだあくまで協力者の候補を挙げるだけ。話せることなど何もない。
自己満足だと知りつつも。それでも聞いておきたかった。
まっすぐ見据えると、同じだけ真摯な眼差しが向けられる。
「…なぁ、アーキス」
変わらない親友。尋ねた答えも、おそらく予想通りだとは思うが。
銀髪を揺らし、少しだけ首を傾けるアーキス。こちらの問いすら見透かしていそうなその顔に、敵わないなと内心笑う。
「巻き込んでいいか?」
唐突なその言葉にも、アーキスは驚きもせず。
「喜んで」
ただ一言、静かに返した。
「じゃあまた!」
「またな」
翌朝、出立するというアーキスたちを見送りに、リーとフェイは外に出ていた。
同じ方向へ行っても仕事を取り合うだけ。アーキスは三番街道を東へ、ギルとセーヴルは紫を南下し、途中で別れるという。
リーは未だここへ残る理由を何も言わなかったが、請負人である彼らが尋ねることもなかった。
アーキスのことは今日のうちに本部に伝えるつもりだった。そこから審議に入り本部も認めれば、機を見て組織内の龍について話される。
おそらく近いうちにまたアーキスとは顔を合わせることになるだろうとの確信の元、リーは同期たちを見送った。
書けたので連投。
明日は……未定…。




