表と裏
やっぱり間に合いませんでした…。
ご指摘があったので書き足しました。
シングラリアを誘き寄せられるようになったことで、靄の行方を探ることが容易になった。ヴォーディスの近くでシングラリアを倒して靄を追った結果、黒の一番から二日ほど行った場所に集まることを確認できた。ここに靄を集める主体がいるとの仮定の元、作戦が練られる。
請負人による、一斉出撃。
シングラリアを引き寄せて靄を吸い込む石の存在は請負人たちに知らされている。事前にでき得る限りヴォーディスへとシングラリアを誘き寄せ、一気に叩くというのが示された作戦。
そしてその裏で並行して行われる作戦に、リーは組み込まれていた。
「もうちょっとで出発かな」
リーの隣でアーキスが呟く。
総勢約百二十人が三部隊にわけられた。第一陣は上級と中級上位の一団。指揮役のグレイルは組織長レジストの同期で、実力も肩を並べる。第二陣はほぼ中級のみ。リーたちがいるのもここだ。そして第三陣は後方警戒と退路の確保を担うため、上級と中級の混合となっている。初級は参加を許されず、残る中級上級の者たちとともに各地の警戒に当たっていた。
事前の準備として、認識阻害を解いた石を持って各地をぐるりと龍で一周し、シングラリアがヴォーディス内部に集うよう暫く待機する。集まったところで再び石に認識阻害をかけ、龍により上空からの離脱をした。
石が近付いても主体が動かないこと、目標を失ったシングラリアが散らないことは賭けではあった。黒の一番付近への広範囲の認識阻害をかけることでシングラリアをヴォーディス内に留める準備もしてはいたが、規模が大きいだけにこちらにも痛手。できれば使いたくはなかったので、この結果は上々といえる。
今は最奥に主体、次に集められたシングラリア、第一陣から第三陣までの請負人たちの順に位置する。
第一陣の後方で石の認識阻害を解き、そちらへ向かってきたシングラリアを第一陣が散らしたところへ第二陣が参加することになっていた。
第二陣が出発した。
元々第一陣との間にそう距離は取っていない。すぐに後方の―――リーには見覚えのあるエルフの姿を視認する。手にした箱に収められた石に、前方からの黒い靄が帯となって注ぎ込んでいた。
散開の合図とともに第二陣が波のように第一陣に混ざり、戦闘を始めた。
リーもまた己の剣を手に、細身の剣を手にしたアーキスとともにばらけた第一陣の隙間を埋めに行く。
「上からも来るぞっ!!」
聞こえた声に見上げると、木々の隙間を滑降する黒い影が視界に入った。
「任せて」
短く告げるアーキスに、リーは飛びかからんとする地上の四足どもを薙ぎ払う。その上方でしなる細い刀身が飛び込む影から翼を奪い、返しがてら落ちるしかない体を斬り伏せる。
リーの大剣では枝の多い上方への対応はやりにくいことなど、今更アーキスに説明するまでもない。
同期の間で―――否、自分にとって、一番気心知れた相手。それぞれの旅路を行くようになってもそれは変わらない。
養成所時代振りのアーキスとの連携を束の間楽しんでから、前に出てくる、と伝えた。
「気をつけてね」
返ってきた一言に、アーキスも、と言い残して駆け出す。
勘のいいアーキスのこと、自分がこの件に関わっていることは気付いているのだろう。
龍に信頼を寄せられ、新たな絆を得、今まで知り得なかったことを知り。空を飛ぶのは勘弁してほしいが、担わせてもらえる役目は誇らしく。
しかしその一方で、話せないことが増えすぎた。
今の自分のことを、どれだけアーキスに話すことができるのだろうか―――。
振り切るように速度を上げる。
すぐに最前線のグレイルの姿が見えた。
こちら側だとマルクから聞いている。話は通してあるので、何かあれば頼るようにと言われていた。
見上げるほどの大男は、リーと変わらぬ大剣を軽々振り回してはいるものの、その視線は絶えなく周りに注がれて。
踏み込んだリーにもすぐ気付き、口角を上げて背後を顎で示す。
振り返るまもなく腕を掴まれ、そのままうしろに引っ張られた。
「静かに」
聞き覚えのある声に出かけた声を呑み込む。会議室にいたエルフのもうひとりだった。
「大丈夫です。抜けてください」
ここで視覚阻害の魔法をかけられ、横へと逸れる。この先が裏の作戦の集合場所となっていた。
裏の作戦の指揮者は特に示されていなかったが、それはその必要がないからだと到着したリーは納得する。
請負人組織長、レジストの姿がそこにあった。
到着に気付いたミゼットが視覚阻害を解いてくれた。気配で気付いていたようで、レジストは見えた姿に揃ったなと口にする。
レジストは見た目は四十に届かぬくらいに見える。遠目でしか見たことがなかったが、この距離だと鍛え抜かれた身体だとよくわかった。
場にはマルクとミゼット、五人のエルフ、知らぬ顔がふたり、そしてフェイとエリアとティナ。作戦からすると知らぬふたりは龍だろう。
「じゃ、もう少し待つとするかな」
木の幹に身体を預け、欠伸をしながら呟くレジスト。とても今から戦いに赴く者には見えない。
今は主体、シングラリア、請負人の順のこの並び。これを、主体、請負人、シングラリアの順に入れ替わるのを待つ。完了すればここへ石の箱が届くことになっていた。
そしてその石とともに、龍に乗り靄の集まる場所へと向かう。
二日の距離を無にするには龍に乗るしかなく、そうなるとどうしても人員が限られる。まだ中級のリーが呼ばれ、あとの同行者がエルフなのはそういう理由からだろう。
ともかく石が届くまでは待機するしかない。
「おつかれ〜」
三人に近付くと、呑気なエリアに手を振られた。
「おつかれ、じゃねぇよ。お前らホントにわかってんのか?」
いつもより固い声で問うリーを、怪訝そうに見返すエリアとティナ。
「石さえあればいいんだから。お前らまで行く必要はないんだぞ?」
あの石は自分たちが持つべきだからついていくと言い張るふたりを、リーは何度も説得していた。
石を持つということは、狙われるということ。
わざわざ危険に身を晒しにいくだけだと、何度も言った。
「どうして? これはあたしたちの探し物なのに」
しかし、ふたりの応えも変わらない。
やっぱり無駄かと嘆息し、リーはフェイを見上げた。
「こいつらのこと頼むな」
フェイは積極的な参戦を望まれていなかった。もちろん組織員ではないということもあるのだろうが、同行する双子を守るためでもあるとわかっている。
「ああ。リーのことも守ってやるからな」
「俺はいいって言ってんだろ」
こちらも何度か繰り返したやり取りなので、お互いなんと言うかはわかっていた。おそらく本当に命に関わるようなことになれば、フェイは勝手に動くに違いない。
「…俺は自己責任だから」
「それはそうだが。俺にだって好きにやる権利はあるだろう?」
沈むリーの声に屈託なく笑い、フェイが言い切った。
やがて届いた石とともに、四匹の龍が飛び立った。
二日の距離など刹那のうち。見下ろす木々の間に黒い影が見える。
「あれだな」
フェイが呟くが、もちろんリーが見下ろせるわけもなく。
先頭を行くマルクに従い、少し離れて地上に降りた。
地面に足を踏み降ろすことにさえためらいそうなほど、充満する昏い気配。
何度もシングラリアと戦ううちに慣れてきた感覚も、これだけ圧が違うと別物だった。
ずぶりと足首まで沈むような錯覚を覚え、そんなはずはないとリーは己を叱咤する。
まだ距離のあるうちに立て直しておかなければ、それこそお荷物以下になる。
息を吐ききり、吸い込んで。平静を取り戻そうとあがいていると。
「悪かったな、こんなところに付き合わせて」
不意にかけられた声に顔を上げると、正面にすまなそうに笑うレジストが立っていた。
「組織長…」
「だが、俺も龍の見立てを疑う気はない。………やれるな?」
かけられた声は疑問ではなく確認。
まだ中級、間違いなくこの中で一番劣る自分を、それでも戦力だと認めてくれている。
服の中、二枚の鱗と同様に―――。
握る拳に力が入る。
「はいっ」
踏みしめる足元は、もうぬかるんではいなかった。
せめて三日に一度は上げられるように…と思っております。
そのくせついつい脱線を……。




