種の壁
エリアとティナは今日から本部に寝泊まりすることになったと聞かされ、リーはフェイとふたりで宿に戻ってきた。
旅仕事なのだから、荷物の用意はいつもしてある。普段ならばすぐに出発できるのであるが。
息をつき、ベッドに倒れ込む。
準備ができていないのは、荷物ではない。
己の心であった。
セインからはあのあと、理解しろとは言えません、と告げられた。
種が違う。
同じ大地に暮らしていても、その一言で線が引ける。
何を思ってそうしたのか、それをどう思っているのかがこちらの推測内に収まらず、その差に戸惑い疲れ。
それでもおそらく自分はあのふたりを相容れぬものだと思いたくなくて、己の良心が疼かなくていい答えを探している。
故意ではなくとも害あるものを解き放ってしまったことへの罪悪感が全くないことが、自分には理解できなかった。
罪を背負えと言いたいわけではない。
後悔に苛まされろと思っているわけでもない。
しかし、なぜあれほど平然といられるのか?
「…なぁ、フェイ」
「なんだ?」
意識せずとも沈む声に、フェイの応えはいつもより少し柔らかい。
「…フェイは、どう思う?」
「どう、とは?」
「…あいつら、なんであんなに普通にしてられるんだ?」
自分を見ぬまま呟くリーを見下ろし、フェイはさぁなと返した。
「俺はあのふたりではないからな。どう思っているかはわからん」
声音のわりには突き放すようなその言葉に、リーは仕方ないかと失笑する。
「……だよな」
自分は人でしかない。
エルフも、龍も。
自分には到底わからない―――。
ごろりとうつ伏せになったリーは、そのまま嘆息する。
単なる望まぬ同行者であったはずなのに。いつの間に籠絡されていたのだろうか?
それならいっそメルシナの村人たちのように何もかも気にならないくらい絆されてしまえれば、こんな葛藤を抱かず済むのかもしれない。
(そりゃ、俺が言うことじゃないけどさ…)
ふたりに普通に接するためにも出発前に気持ちの整理をつけたかったのだが、どうにも思うようにいかなかった。
寝転ぶリーを見下ろしたままのフェイ。沈むその様子にも顔を変えず、淡々と続ける。
「ただ、思っていることはわからんが、しようとしていることならわかるぞ?」
当然だと言わんばかりの確固たる声で。
「あのふたりに、逃げるつもりはないのだろう」
顔を上げないリーの頭上から、ひとつの事実を落とした。
言葉にされて初めて気付く。
言い訳をしないのは罪悪感がないからかもしれない。
しかしそれは同時に、自分たちのしたことを認めているということなのだと。
うつ伏せのまま、リーは落とされた事実に苦笑する。
あのふたりは最初から、それが何とはわからずとも、探し物を続けていた。
そしてそれが何かわかった今も、変わらずに。
そうすることが、当たり前だというように―――。
(…だから…。わかりづらいんだよ……)
パイといい、今度のことといい。
その前で引っかかってしまい、自分にはそこまで思い至れない。
そこさえ越えてしまえば、理解できる感情でもあるのに。
そこが種の差といわれればそれまでだが、少なくとも自分は、自力でなくとも気付くことができた。
もちろん今も、エルフではない自分にはエルフらしい考え方はできないが。
それでも、人として。
請負人として。
何よりも自分として。
気付けたことを元に、どうしたいのかなら考えられる。
少々、いやかなり、しんどいだろうと思うけれど。
「あ〜〜もうっっ!!!」
叫んでから起き上がると、さすがにフェイも目を丸くして。
「………大丈夫か?」
妙に心配そうに、そう聞かれた。
予定の時間になり、リーとフェイは事前に言われていた場所へと向かう。指定されていたのは本部の建物の裏側、人目につきにくい場所だった。
「どうした、リー?」
次第に動きが遅くなるリーに、振り返りフェイが問う。
とぼとぼと歩きながら、リーはふっと笑った。
「…いや、この世の終わりに近付いてるんだと思うとさ……」
「何を言ってる?」
フェイの問いには答えずに、リーははぁ、と肩を落とす。
「……シングラリアの大群でも来ねぇかな…」
「だからさっきから何を言ってる?」
再度の問いにもやはり答えず、リーは重い足を引きずりながら指定の場所へと到着した。
「あ、来た来た」
呑気に手を振るエリアに、リーはあからさまに嘆息する。
「お前ら、あんな目に遭ったのによくそんな顔してられんな」
「あんな目?」
首を傾げるエリアに、リーは信じられないものでも見るような眼差しを向ける。
「落ちかけたって聞いたぞ?」
エリアはティナと顔を見合わせ、それからフェイを見上げた。
「乗せてもらうの、楽しかったよ?」
「俺もどうかと思ったが、そう言われたからまた乗せることにしたんだ」
自分のいないところで既に話はついていたらしい。
「……信じらんねぇ………」
周りに聞こえないくらい小さな声で、リーはぼそりと呟いた。
ほどなくやってきたのは、マルクとミゼットたちエルフ三人、そしてトマルだった。
「トマルさん…」
生気のないリーの様子に苦笑しながら、トマルは歩み寄る。
「悪いな、あんまり力になれそうにねぇや」
「そこをなんとか……」
「事情はトマルから聞いたが、まぁ諦めてくれ」
うしろから割り込むマルク。死人さながらのリーの表情など気にも留めず、その代わり、と続ける。
「俺に乗れ」
にこやかに、そう言われるが。
「…な…?」
「トマルが手伝ってくれることになったから、各自ふたり運べばよくなった。この中では俺が一番マシだろう」
これで解決とばかりに頷くマルクに、リーは心中違うとぼやく。
(…そういう問題じゃない………)
マシだのなんだのという問題ではない。
もうその時点で駄目なのだ。
「…トマルさん……」
「悪い。無理だ」
一縷の望みをかけて訴えてみるが、即答で断られた。
もう絶望しかないリーが魂の抜けた表情でうなだれる。
その様子を眺めていたミゼットが、くすくす笑いながらリーを覗き込んだ。
「ごめんねぇ」
悪びれた様子などないその声に、リーはただただ嘆息するほかなかった。
少し投稿ペースが落ちそうです…。
負けたくはない!! のですが、背に腹は……。




