探し物
「ミゼット」
マルクの声に、紫銀の髪のエルフがにこりと笑う。部屋に入ってくる時に、何やら持つような格好をしていた女性だ。
「はぁい。じゃあ私から説明するわねぇ」
立ち上がり、場にそぐわぬ間延びした軽い声でリーへとそう告げた。
「私の前に認識阻害と視覚阻害の魔法をかけた石があるの。見えてないのはあなただけ」
ここにいるのは自分以外は皆龍かエルフ。あのおかしな様子に誰も何も言わなかったことに納得する。
「魔法を解くわけにいかないから説明だけで悪いんだけど、このくらいの石。見た目は……双子ちゃん、見せてあげてぇ」
握った拳を見せてからふたりにそう振る。頷いたエリアとティナは小袋を出し、机の上でひっくり返した。
転がり出てきたのは、透明と白の斑の石。握り込んで隠せるくらいの小振りのものが六つずつある。
「それの大きいのがあると思ってくれたらいいわぁ」
要するに、双子が魔力を溜めるために持ってきたものとシングラリアの靄が吸い込まれたものは別だということかと頷いて、リーは見えぬ石があるという場を眺める。
「このおっきい方の石は、双子ちゃんの探し物に必要だからって、ミオライトの長老が渡したらしいのね」
(必要…?)
口は挟まず思案する。
シングラリアの靄を吸い込んだという石。
もしもそれが、偶然ではなく必然なのだというのなら。
「―――っ!!」
辿り着いた考えに思わず隣の双子を見るが、ふたりは表情を変えずに自分たちの石を片付けていた。
探し物をしているの。
確かにエリアはそう言った。
何をと聞いた自分に、なんなのだろうと首を傾げていた。
シングラリアを形作る靄。あれを何かと問われても、自分も答えられない。
―――何がなんだかわからない。
双子が探していた物がなんなのか。
なぜそんなものがエルフの村にあるのか。
シングラリアの出現にも関与しているのか。
双子はどこまで知っているのか。
視線に気付いて自分を見るふたり。
不思議そうなその顔に、なぜ、と問いたくなる。
そう。何より一番わからないのが、このふたりが関わっていたということに動揺している自分自身―――。
「その石が、各地にシングラリアが出現するようになった原因と関係があるだろうってことなんだけど」
続けられた言葉に我に返る。
慌ててミゼットへと視線を戻すと、なぜだか少し微笑まれた。
「ミオライト村からは詳しく話を聞くにしても、その辺のことは後回し。今どうにかすべきはシングラリアのことだから」
言い切るミゼットから伝わる決意と覚悟。
見返す金の瞳に息を呑んだのは、ミゼットがエルフだからではなく。這い寄る混沌を喰い止めるべく立ち振る舞うその姿から。
好きにはさせない。
そんな言葉が聞こえるような強い眼差しをまっすぐに向け、ミゼットは口の端を上げる。
「そのために検証しないといけないことがたくさんあるの。手伝ってねぇ」
自分に向かって言われた言葉だとリーが理解するまでには暫く時間を要した。
「…はい?」
間の抜けた声を出したリーに、ミゼットはうふふと笑う。
「手伝ってって言ったのよぉ。まだ公にできないことが多いから、人員を割けなくてぇ」
手が足りないの。
向けられる笑みに混ざる、強かさ。
「ちょおっと強行軍になるかもだけど。足もあることだし。大丈夫よねぇ」
「足?」
もちろん足はある。あるのだが。
ミゼットの視線は、自分ではなくフェイに向き。
(……それって…)
さぁっと血の気が引く。
「リー?」
だらだらと冷や汗をかきだしたリーを、不思議そうにエリアが見上げた。
「まずは本当に靄を吸い込むかどうかと、シングラリアが石を認識して追ってくるかどうかの確認」
詳しいことはあとで聞いて、とミゼットがつけ足す。
「それが確認できたら有効距離の確認。あとは双子ちゃんがいなくても効果があるのか。最低でもそれだけは早いうちに確認したいの」
エリアとティナは既に話を聞いているのか、ミゼットの言葉にこくりと頷いた。
「必要物資はこちらで用意するから。個人的に必要なものだけ持って、一時間後に集合ねぇ」
「しゅ、集合って…」
「そこの主に許可は得たから。ドマーノ山に向かうわ」
「ドマーノ山…」
首を巡らせ隣のフェイを見ると、そういうことだと肩をすくめられる。
「打診はされていた。決定だとは聞いてないがな」
「場所がないのよ。ヴォーディスだと靄の行方を見づらいし、まだ変に刺激するわけにはいかないから」
靄の集まるヴォーディス。知るべき相手の姿は、まだ見えぬままである。
よろしくね、と微笑むミゼット。一も二もなく頷きたくなるような、麗しい笑みではあるのだが。
(っとに待ってくれってっ…!!)
それとこれとは話が違う。
リーは場の一同を見回しながら、どうすれば回避できるかと、とにかく必死に考える。
「……つまり、今からドマーノ山までフェイに乗って行けってこと…ですよね」
「そうね。三人乗せられるって言ってくれたから。双子ちゃんと乗ってね」
「あ、あの、トマルさんに聞いてもらえばわかると思うんですが、俺、多分役に立てないと……」
このことを知られるのは正直嫌だが、背に腹は代えられない。
「…だから、断ることは……」
「副長命令だ」
表情を変えないまま、ばっさりとマルクが切る。
龍であるのならば。本心だとわかっているだろうに。
(…だよな………)
どうすればと、心の底から思いながら。
「……わかりました…」
仕方なく了承を口にする。
こうしてリーたちのドマーノ山行きが確定した。
場は閉じられてマルクたちは帰っていった。
今からのことを思うと逃げ出したいがそうもいかず。せめてあと僅かな間は忘れていようとリーは心に決める。
少し聞きたいことがあるからと、エリアとティナには残ってもらった。
「お前らが探してたのって、あの黒い靄だったのか?」
まずはそこから尋ねると、そうみたい、とエリアが頷く。
「あんなになっちゃってるなんて知らなかったけど」
「で、なんであれを探してたんだ?」
「なんでって……」
「あまり聞かない方がいいと思いますよ」
一緒に残ってくれたセインが苦笑して割り込んだ。
「多分納得はできないでしょうから」
「納得?」
そうです、とセインは頷くが、このままでも納得できないのは同じ。
それならば、と、リーは先を促す。
「話せる範囲でいいから」
エリアとティナは顔を見合わせ首を傾げた。
「話せないことなんて何もないけど…。探してた理由だよね?」
「ああ」
「あれね、出したのあたしたちだから」
さらりと告げられた言葉に、リーはきょとんとエリアを見た。
「…は?」
「お祭りの時にね、長老の家にあった箱を開けたらね、出てきちゃったの」
びっくりしちゃったよね、とふたりで顔を見合わせる。
「あ、でも。探してこいとは言われたけど、お祭りの日だったから怒られなかったよ」
罪悪感も何もない、ただ事実を述べるだけのその口調。
リーは呆然とふたりを見、それからふらりとセインへと視線を移した。
どうすればと目で訴えるが、言わんこっちゃない、とでも言いたげな眼差しを返される。
「お祭りの日はね、何してもいいの。お酒だって飲んでいいし、名前を略して呼んでも怒られないの」
いいでしょ、と笑うエリアに。
「ンなはた迷惑な祭りっ! とっととやめちまえっっ!!!」
リーはそれだけしか返せなかった。
はいよるこんとんは強敵でした…。




