魔物の頂点
翌朝、リーたちはまず受付に行った。呼び出すまで待機するようにと言われ、待つしかないので朝食を食べに食堂へ行く。迎えたラミエに、ティナが明け方に気付いたと教えられた。
組織の職員でもあるから、と笑うラミエ。昨夜は双子の傍にいてくれたと知り、その心遣いに礼を言う。
結局本部から連絡が来たのは午後になってからだった。
迎えに来た職員にフェイ共々連れてこられたのは本部の会議室。中で暫く待つように言われる。
「あ、リーだ」
向かい合うよう二列に置かれた机と椅子。その一端にエリアとティナ、そしてセインがいた。
「お前らっ!」
「ただいま」
駆け寄るリーにエリアが笑う。
「大丈夫か?」
特に顔色が悪いなどといった様子はないが、それでも気になりティナへとそう問うと。
「一度に使いすぎただけ」
珍しくそう答えてくれた。
「そっか」
怯えた様子ももちろんなく、リーは無事でよかったとほっとする。
「ティナさんは少し特殊な体質のようですが、命に別条はないですよ」
次いで、落ち着いた声でセインに説明される。
心配していたことを見透かされていると知り、正直気恥ずかしい。
ごまかすように息をついて、リーは改めてふたりを見た。
「大丈夫ならいいけど、一体何がどうなってるんだ?」
「あたしたちにもわかんない」
小首を傾げてエリアが返す。
「長老に持ってけって渡されたやつに黒いのが吸い込まれたって話したら…」
「そのことは後程詳しく話しますので」
遮るようなセインの声に。
「来たようだな」
入り口を見据え、フェイが被せた。
まず入ってきたのは銀灰の髪の男だった。次いで三人のエルフがあとに続く。真ん中のひとりは何かを載せるかのように両掌を上に向け、ゆっくりと歩いていた。
見覚えある顔にリーは記憶を振り返り、銀灰の髪の男が請負人組織副長だと思い出す。
齢は五十には届かぬくらい、細身で背の高い男だった。名は確か―――。
「副長のマルクだ」
リーが思い出すよりも早くそう名乗り、男は向かいの席に着きながら座れと示す。
「この人数には少々広すぎるが、ほかに適当な部屋がないのでな」
四人が向かいの席に着くのを見てから、リーも着席した。双子とフェイは同じ側に、セインはマルク側に座った。
「さて」
中央に座ったマルクが、正面のリーを見据える。
「君のことは聞いている。いや、正確には養成所の面接時から知っている、と言った方がいいだろうな」
見透かすような銀の瞳。
ぞわりと粟立つ肌に、リーは息を呑んだ。
正面からの強い威圧。シングラリアのものとは種の異なる、圧倒的な力に為す術もなく鷲掴みにされるような息苦しさ。
面接の時にマルクがいたかどうかは覚えていない―――否、今そのことはどうでもいい。
目の前の男の正体を、全感覚に叩き込まれているこの最中に。
立ち上がりかけたフェイを眼差しで制し、マルクは再びリーを睨めつける。
「ごまかしや言い逃れができるとは思わない方が身のためだ」
そんなこと、と言いかけるが声が出ない。
魔物の頂点、龍。
そんなことはされないと、頭のどこかではわかっている。
しかしそれでも本能的に死を覚悟させられる力の差。
伝う冷や汗、乾く喉、竦む身に。それでも心を奮い立たせ、思うように動かぬ拳を握りしめる。
請負人として。龍に認めてもらえた者として。
託された名と鱗にかけて。
引くわけにはいかない。
「…そ、んなこと……」
絞り出した声は、思った以上に情けないものであったが。
それでも声を出せたことで、ほんの少しだけ畏縮が緩む。
「…するつもり、は…ありませんっ」
最後はどうにか声を張り、リーはマルクへと言い切った。
ふっと息苦しさが消える。
水から上がったかのように大きな呼吸を数度してから、リーは汗を拭い視線を上げた。
先程までの厳しい眼差しはどこへやら、正面のマルクは楽しそうに口角を上げ、リーを見ている。
「試すような真似をして悪かったな」
表情同様和らぐ声音と口調。
「レジストに、最初はガツンといけと言われてたんでな。おかげでいいもの見せてもらったよ」
名を覚え間違えていなければ、ここにいない組織長のせいにして笑うマルク。
(こっちは寿命が縮んだよっっ!!)
そう返したくても返せずに。
知っていただろうセインにジト目を向けると、合格、と言わんばかりの笑み。
まだひとつも話も聞いていないのにと、どっと疲れて肩を落とした。
(帰りたい…………)
石のことは気になるが、もう引き籠もって酒でも飲みながら愚痴りたい。
正面から龍に威圧されるなど、普通に暮らしている限りありえないはずなのに。
我知らず溜息をつくリーに、マルクは欠片もそんなことを思っていなさそうな顔で、悪かったと再度謝った。
「まぁそう怒るな。これから先のためにも、お前の為人を知っておきたかったんだ」
「先?」
呟くリーに、大きく頷く。
「お前は今回の百番案件で組織内の龍の存在にも気付き、時を同じくして龍の同行者を得た」
リーを見据えるマルクが口の端を上げた。
「加えて、その在り様。龍にとってこんなに都合の………、役立つ者はいないだろう」
(今絶対都合のいいって言おうとしたよな…)
気付いているぞとの思いを込めて見返すと、全く意に介さずといった顔を向けられる。
その笑顔に、嫌な予感がした。
「請負人組織長レジストに変わって任命する。お前は今日から組織外の龍担当だ」
楽しそうに銀の瞳を細め、マルクはそう言い放つ。
「よって。この先百番案件はお前に振っていくのでよろしく頼む」
「な…」
「もちろん拒否権はない。なに、見合う分の昇給はしてやるからな」
口を挟む暇も挟ませる気もないマルクと、にこやかなセイン、少し視線を落としたまま話が終わるのを待つエルフ三人を順番に見て。
(昇給は嬉しいけど…!!)
今まで以上に面倒なことをやらされそうだと、心中嘆息するものの。
「…わかりました……」
断る術などなく。渋々引き受けたリーに、満足そうに頷いて。
マルクは待たせたな、とエリアとティナを見る。
「さて。本題に入ろうか」




