見えぬ標的
俄に外が騒がしくなった。
食堂で話し込んでいたリーは、同席のアーキス、ギルと顔を見合わせる。
ラミエに断り外に出ると、皆が南の空を見ていた。
「やっぱあれ…」
「だよな? 本部には…」
洩れ聞こえる会話とその視線につられるように南の空を見る。
まっすぐ続く街道、両側には徐々に木々が増え、やがて道を呑み込む。その上空、まだ遠くに黒い点がいくつか見えた。どの点も時折急に進んだり、上へ下へと忙しない。
ある程度の姿形が目視ができる頃には、特有の絡みつく不快さに既に正体も知れていた。
「シングラリア…」
誰かの呟きを耳にしながら、リーは目を凝らす。
それなりに大きいのであろうトリのシングラリアが四体、こちらへ向かっているのだが。
「……何か追ってる…?」
シングラリアの前には何もいない。それなのに、シングラリアは何かを狙っているかのように不規則に飛んでいた。
「少し抜ける」
やや強張った声で短く告げたギルがその場を離れたが、リーたちは視線はシングラリアに向けたままで了承の意を返す。
町に近付くシングラリアは何かを取り囲むように飛びながら、時折鋭く切り込むように突き進み、上昇や下降を繰り返していた。
囲む中央、時折ゆらりと景色が歪み、突っ込んでいく黒い体が不自然に欠ける。
「リー、見た?」
「何かいるな…」
呟いてから、気付いた。
自分は今ここで。誰を待っているのかを―――。
ぞわりと悪寒が奔る。
名を叫びかけ、踏み留まり。歯を食いしばって空を見上げる。
ここからでは。自分では。何もできない。
「アーキス、どうなったかあとで教えてくれ」
「リー?」
「ちょっと行ってくるっ」
言い残し、受付へと駆け出した。
「またぁ」
フェイの体に回されたロープを握りしめ、短くぼやいたエリアがぶつぶつ呟く。周りの空気が一度グニャリと歪み、ほんのり虹色を帯びた。
「しつこいんだから!」
出入口を隠す視覚阻害の魔法。これをかけて飛べば目立たぬはずだと気付き、行きは騒がれずにミオライト村へ到着できた。同じく帰りも、と思ったのだが。
村を出て、離れて待っていたフェイと合流してすぐに、ティナが気配を感じ取った。視覚阻害の魔法をかけてすぐさま飛び立ったものの、フェイの半分ほどの大きさのトリ型シングラリアが七体、追いかけてきては攻撃してくる。その度に解けた魔法をかけ直し、どうにか逃げ続けているのだ。
エリアは認識阻害の魔法を使うことができず、ティナはいくつかの攻撃魔法しか使えない。シングラリアに対してはかけることに意味はないが、せめて地上から見られないことを選んだ。
自分たちより上空に固まったところを狙ってティナが魔法を撃ち、なんとか三体は仕留めることはできた。今は残る四体を引き連れて紫三番の宿場町へと向かっている。
村から持ってきた石のおかげか、ティナから魔力をわけてもらわなくてもここまでかけ直し続けてこられた。ティナには攻撃用に温存してもらわねばならないが、この分なら大丈夫だろう。
体当りするようにぶつかられては輝きを失っていく虹色に、エリアはもう一度言葉を紡いだ。
「もう少し減らせていたら」
珍しく感情の乗ったティナの声。悔しそうなその言葉に、いや、とフェイが応える。
「半減しただけでもありがたい」
元来飛び上手ではない龍。背に人を乗せたままでの七体からの攻撃に、避けることとふたりを落とさぬ配慮で精一杯だった。
三体減ったことでどうにか少し話す余裕ができ、ふたりと持ち得る手立てを確認した。しかしわかったことは、手詰まりだということ。
ティナは次を撃てば気を失い、落ちてしまう。
視覚阻害を解いて攻撃しても、エリアの魔法の威力では仕留めきることができない。
魔力を飛ぶことに使っているフェイは、飛びながら攻撃することができない。
地上に降りればフェイもティナも攻撃することができるが、降りる場所を選ばねば大惨事になる。
ドマーノ山ならと思ったが、このまま向かえばもし自分に何かあった時にこの状況もふたりのことも伝わらないままだと考えたフェイ。リーのいる紫三番の上空を経由してから行くことにした。
請負人本部にはトマルがいる。姿は見えずとも、近付けば気配で察し、リーに伝えてくれるだろう。
「見えた!」
「ああ。旋回するから掴まってろ」
少し先、緑の中に建物が点在するのがユシェイグ―――請負人本部。あの上で旋回してからドマーノ山に向かえば、何があったのかもどこへ向かったのかもわかってもらえるはずだ。
これで、と。思ったことが油断に繋がる。
視界の端から一体消えたことに気付いた直後に、胸の辺りを真下から突き上げられた。頭側が上がり、大きく背中が傾く。
「きゃあっ」
「エリアっ!」
背からのふたりの声と同時に重さが消え、掴まることができるようにと体にかけていたロープがぐっと引かれる。
「堪えろっ! すぐ―――」
言い終わる前に真横からぶつかられ、そのまま横にも傾く背。
フェイはそのまま急激に高度を下げてロープを引っ張り、なんとかふたりの下へと回り込んだ。
どさりと背に重さを感じ、ほっとしたのも束の間。
思ったよりも近い地表の木々が、すぐ先に見えた。
受付に飛び込んだリーが所属証を引っ張り出しながらトマルを呼ぶよう頼むと、既に言付けがあると返された。
面会室で待つようにとのトマルの言葉を聞いてから、すぐ戻ると言い置き再び外に出る。
南を見ていた一行は、皆こちらを―――北西を見ていた。
「アーキス!」
上空を見つめるアーキスへと声をかけ、駆け寄る。
「今本部の方に降りて…」
「降りたのかっ?」
慌てて振り返り、低空に四体のシングラリアの姿を見つけた、その刹那。
なんの音も前触れもなく、地上から突如生まれた一筋の光がシングラリアを呑み込み、彼方へと消えた。
突然の出来事に声もなく立ち尽くす請負人たちの中。
場で唯一あの光に見覚えのあるリーは、その方向を見据えたまま、ぐっと拳を握りしめた。




