襲来は再会を招き
エリアとティナには自分が説明するとセインが申し出てくれた。今は紫三番の宿にいると言うと、それなら、と笑う。
「食堂に娘が勤めていますから。気付いて既に話しているかもしれませんね」
「娘?」
食堂にもふたりのことを頼みに行ったが、うっすら見覚えのある店員がいただけで、エルフの姿は見なかった。
厨房勤務なのだろうかと考えていると、そうだったなとトマルが頷く。
「相変わらず人気のようだな」
「エルフですから、仕方ないですね」
ひとりきょとんとするリーに気付いたトマルが、ああ、と呟く。
「そうか。お前はそうだもんな」
「何?」
「いや。耳を隠しているからエルフと気付いてないんだろ」
言われて初めて、対応してくれた店員のことだと気付く。
確かにトマルの言う通りフード付きの制服を着ており、覗く前髪は金色だった。髪が落ちないようにとの配慮かと思っていたら、耳を隠すためのものだったらしい。
「皆さんエルフには甘くなりがちなので。くだらない揉め事を減らすために配置されることもあるんですよ」
「そ、そんな理由なんですか…」
「未然に防ぐのは大事なことですよ」
麗しい微笑みであるのだろうが、先程から笑顔のうしろに何か垣間見えるような気がしてならない。
「ではその件については私が引き継ぎますね。あと何か話はありますか?」
トマルとリーが顔を見合わせ、それぞれ首を振る。それならとセインが立ち上がった。
「先に行って受付に報告と外出申請をしておきますね。リーはもう暫く話してから来てください」
気を遣われていることは、考えるまでもなく。
「ありがとうございます」
いえいえ、とにこやかに微笑み、セインは出ていった。
閉まる扉を見届けてから、リーはトマルに頭を下げる。
「ありがとうございます、トマルさん。まさかセイン先生を連れてきてくれるなんて…」
「上手く捕まってよかったよ」
なんでもないことのように答えるトマルだが、自分に縁のあるセインをわざわざ探してきてくれたのだろうとわかっていた。
「先生にもだけど。トマルさんにも久し振りに会えて嬉しかった」
素直に礼を告げると、トマルも相好を崩す。
「まぁこれからは顔を合わすことも増えるだろうがな」
「お世話になります」
お互い笑い合ってから。
「そういえば、さっき奥に行ったのに外から来たのって…」
「向こうにも出入口があるんだよ」
見た方が早い、と立ち上がるトマル。
続く隣室は資料棚と簡単な調理場で、奥に更に扉がある。
促されるままに扉を引き開けると、目の前は土の壁だった。
「ま、こういうことだ」
ここを出入口にできるのは地龍にほかならず。
「…うちの護り龍とも知り合い?」
「お前はあいつの秘蔵っ子だからな」
頷く代わりにそうからかわれ、リーは返答に困りながら扉を閉めた。
ついでがあるからと言うトマルとともに受付に戻り、今度は待っていてくれたセインと合流する。
「トマルさん?」
なぜか一緒についてくるトマルに声をかけると、肩をすくめて苦笑いされる。
「一応な」
よくわからないが、同じく怪訝そうなセインとともに紫三番の宿場町へと向かった。
とはいっても建物を出るだけ、まずは食堂へと歩きかけたリーの視界に、何やら見覚えのある姿が見えた。
宿の入口にいるエリアとティナ、そして背の高い赤毛の男のうしろ姿。
リーが声をかけるよりも早く、男が不意に振り返った。
「ああ、ようやく出てきたな」
「フェイっ?」
知り合いですとセインとトマルに短く告げてから、リーは傍に駆け寄る。
目の前まで来たリーに、火龍フェイは嬉しそうに口角を上げた。
ドマーノ山で会った時とは違い、龍であるからこその威圧感も何もない。トマルと同じく龍と知っていても気付けないほどだ。
尤も、龍であるトマルはもちろん、フェイを見た瞬間に僅かに身を強張らせたセインもその正体に気付いているのだろう。その理由がエルフゆえか、手練であるからかはわからないが。
「なんでこんなとこに…」
当然といえば当然のリーの疑問に、見返すフェイが楽しげに笑む。
「あいつに会いに行ったあと、元の場所に戻っていたんだが、どうにも退屈でな。リーの居場所ならわかる気がしたから探したんだ」
「探してたって…」
確かに一度会えば近付けばわかるようになると言われたが、探し当てられたりするものなのか。
「適当に飛んでたらすぐにわかったぞ? 本当にリーは目立つな」
口に出さなかった問いに答えるかのようなその言葉。
ほかと違って見えるから目立つ。思い返せば、フェイにも初対面の時に妙だと言われた。
教えてもらえたのは事実のみで、理由はわからぬままではあるが。
「俺もよくわかんねぇけど…。そもそもなんで俺を探してたんだ?」
「だから退屈だと言っただろう」
何を今更、という顔で見られる。
「リーは面白そうだからな。飽きるまで同行することにした」
請うというには強引な申し出に、リーはフェイを凝視する。
「は?」
「よろしく頼む。もちろん連れのふたりにも許可は得たぞ?」
「いや、まず俺の許可を取れよ」
「お礼言われたの」
「実際助かったからな。当然だ」
「だから。なんで俺のいないとこで決めてんだよ」
ぼやくが誰も聞いていない。
お前ら、と低く呻き。振り返ったリーは、微笑ましそうに自分たちを見るセインの顔に苦笑する。
「先生…」
「いえ、リーは昔から変わりませんねぇ」
もちろん好意的な言葉だとはわかっているが、素直に喜ぶのはなんだか違う。
困り果て、もう一度先生と呟くと、褒めてるんですよと笑われた。
「しかし、彼を同行させるには少し話し合いが必要だと思われます」
笑みはそのまま、セインはフェイと双子を見る。
警戒する様子はないが、どこか面倒そうなフェイ。双子はさほど驚いた様子はない。
「私たちは請負人組織本部の職員です。私からは同じエルフのおふたりに、あなたにはトマルさんから、それぞれ伝えるべきことがあります」
「…トマル……?」
今気付いたのか、トマルを目にしたフェイが瞠目した。
「相変わらずだな、フェイ。ここのことは教えたはずだぞ?」
「……ダルクか?」
知らぬ名で呼ぶフェイに、呆れたように笑い。
「積もる話はゆっくりと、な」
見守る眼差しを向け、トマルが告げた。
フェイはトマルと、エリアとティナはセインと話すことになり、連れ立って受付棟内の面会室へと向かった。
食事でもしていろと残されたリーは、ひとり食堂へと向かう。
「いらっしゃい……あれ?」
「さっきはありがとう」
礼を言うリーに笑みを見せ、店員は席を勧めた。
「今セイン先生と話してるよ」
「なら私のことも聞いたのかしら?」
水とメニューを置く店員に頷くと、彼女はおもむろにフードを取った。
うしろで結んだ金髪は金糸を思わせる艶を持ち、空のように澄んだ青い瞳は見惚れるほどの煌めきで。肌の白さが頬と唇の赤味を引き立て、幼さが抜けた微笑みは妖艶な色気を発する。
「私はラミエ」
囁くように耳をくすぐるその声に。
美人だよな、と思いながら。
「俺はリー。えっと、注文なんだけど…」
名乗り返してメニューに視線を移すと、くすりと笑われた。
「やっぱり君って面白いね」
フードを被り直し、先程の囁くような声ではなく、よく響く耳通りのいい声でラミエが言う。
「あれだけやっても顔色ひとつ変えてくれないんだ?」
「なんのこと?」
顔を上げたリーに、にこりとラミエが笑う。
「なんでもなぁい。注文ね、了解!」
「嬉しそうだったよ。エリアとティナ」
ほかに客がいないから休憩、とリーの隣でお茶を飲むラミエ。
いいこと教えてあげる、とからかうように―――否、完全にからかう口調で告げられた挙げ句のその言葉に、リーは酒を飲みながら苦笑した。
「あいつらやっぱ来てたんだ?」
「んもぅ、からかい甲斐ないんだから」
ケラケラ笑いながら背中を叩かれ、飲んでいた酒を吹きそうになる。
ヒリつく喉に、どうしてこんなに絡まれているんだろうと思いながら。
「俺は何も…って、兄貴の腕輪のこと?」
「腕輪? 私はパイのことしか聞いてないよ」
「パイ?」
「食事は食べないと仕方ないから遠慮しないけど、あの時のパイは違うからって」
どうやら魔力回復のために身体が必要とする食事に対しての遠慮はないものの、嗜好品となる甘味に関しては気が引けるらしい。
そういえばふたりが自らそれを望んだことはなかったなと気付く。店で食べていたのは店主の厚意、ナバルの店で選んでいたのも携帯食にできる堅焼きクッキーだった。
「嬉しかったって言ってたよ」
告げられた言葉も覗き込んで微笑まれたことも照れくさく、しかしあからさまに目を逸らせず。手元の酒に視線を落とし、リーはこっそり嘆息する。
なんにも考えていないように見えて、案外気を使っていたのかと。
(…わかりにくいんだよ……)
もしまだふたりを連れ歩くことになるのなら、たまには自腹で甘味を奢ってやろうかと。
そんなことを思う自分が気恥ずかしく。リーはごまかすようにグラスに残る酒をあおった。
当初の予定では、これは8/11番目のエピソード中…。
現在19話目。
……おかしいなぁ…………。
短編で上げるか迷うだけ無駄だったみたいです…。




