故郷を離れ
朝食後。ネイエフィールに別れを告げて戻ってきたリーは、浮かれる双子に出迎えられた。
「ジークさんにもらった〜!」
ふたりして嬉しそうに見せてきたのは、花模様の透かし彫りの銀の腕輪。構図が同じで花違いの対の腕輪だ。
「ちょうどいいのが手元にあってよかった」
微笑むジークと目に見えて喜ぶエリア、そして珍しくほわわんとした様子のティナ。どうやらこういったものが好きらしい。
「……兄貴…こいつらに価値なんかわかんねぇんだから…」
「え? これって高いの?」
きょとんと尋ねるエリアに、当たり前だろとリーはぼやく。
「ジーク・フェルズの銀細工、この大きさでこの細かさなら、角金貨三枚くらいは…」
「高すぎだって。せいぜい二枚かな」
「えっ? 角金貨って食べきれないくらいご飯食べれるよね」
示された額に驚くエリア。
「いや、お前らそのうち……」
リーが立て替えているふたりの食費はここまでの十五日で既に丸銀貨二枚を超えている。さすがに手持ちが足りなくて、支部で借りる羽目になった。
「じゃあジークさんってお金持ちなの?」
どこでそんな言葉を覚えてきたんだと思いながら睨むリーを、まぁまぁと宥めて。
「材料費と経費と制作期間中の生活費なんかがあるから、純粋な利益はそう多くないよ」
朗らかに笑って答えるジーク。
「なぁんだ。そっか」
残念そうなというよりも、納得したようなエリアに。
完成品をもらうだけなら材料費も経費も生活費も関係ないだろうということは、あえて言わずにおいた。
「それじゃあリーシュ、気をつけて」
ぎゅっと抱きしめ、ジークが呟く。
「いつでも待ってる」
「ありがと」
支える程度に抱きしめ返すリー。
「兄貴も」
「わかってるよ」
頷くジークから離れ、シエラを見た。
「姉貴も。元気でな」
「近くに来たら寄りなさいよ」
少し強めのその口調に、わかってると苦笑う。
「ナバルと仲良くな」
既に出勤してここにはいないナバルのことをからかうと、呆れたような顔を返された。
「当たり前でしょう」
温厚で優しいナバルに惚れたのは姉の方なのだ。
「せいぜい愛想尽かされないようになっ」
「ありえないわよ」
そして、ナバルもまた。
笑って言い切るシエラに、仲睦まじいことで、とリーの笑みに苦さが増すが。
三人が変わらず仲良くいてくれることが嬉しかった。
「エリアちゃんとティナちゃんも。気をつけてね」
「うん!」
「リーシュのことよろしくね」
「いや、世話してんの俺の方だから」
ジークの言葉にぼやき返してから。
「…じゃあ。いってくるよ」
歩き出したリーの背に。
「いってらっしゃい」
「気をつけて」
ジークとシエラは、いつも通りの声をかけた。
橙三番の宿場町に戻ったリーは、少し寄り道をすると双子に告げる。
「ひとつずつなら買ってやるから。おとなしくしてろよ?」
先にそう言い含め向かった先は、ナバルの勤める菓子店だった。
「リーシュ」
驚き迎えるナバルに、買いに来たんだと笑う。きらきらしい眼差しで店内を見回す双子にひとつずつだと念を押してから、リーはナバルに向き合った。
「ありがとな、ナバル」
見上げてそう言っただけでナバルの眼差しが柔らかく緩む。おそらく何を言いに来たのかは気付かれているのだろうが。
「…姉貴と兄貴のこと。これからもよろしくな」
それでも続けたリーに、わかっていると微笑むナバル。昔から一歩引いた目線で見守ってきてくれたからこそ、誰よりも自分たち兄姉弟の関係をわかってくれていた。
「任せて。でも、リーシュが無事であればこそ、だから」
「わかってるよ」
こうしてちゃんと自分の存在も含めてなのだと、いつもナバルは示してくれる。
「また来るから」
だから少しだけ、リーも素直になれるのだ。
「待ってるよ」
返された穏やかな声に和らいだ眼差しを見せてから、切り替えるように息をつき、リーは双子を見やる。
「決めたか?」
ウロウロ店内を回るエリアと、じっと立ち尽くすティナ。声をかけると揃って自分を見てくる。
「……食べたいのはあれなんだけど、必要なのはこっちなの」
木の実のパイを眺めながら、堅焼きクッキーの袋を持つエリア。ティナが立つのも同じパイの前だった。
「なんで必要なんだよ?」
「…外に出てから、お腹がすくんだもん」
呟く言葉の意味はよくわからなかったが、どこかしょんぼりとうつむくエリアに息をつく。
いつもは遠慮など欠片もないくせに、今日に限っておとなしい。
もちろんそれなりに迷惑はかけられていると思うが、こちらも助けられているのも事実で。ナバルに話すついでに少し礼をと思ったのだが。
(…外に慣れてきたのかもな…)
名を略すことも受け入れたふたり。村を出て人と関わることで、少しずつ変わり始めているのかもしれない。
リーが少し表情を緩める。
「わかった、これとあれな。黄色いのも同じでいいか?」
「え…?」
驚いたように顔を上げるエリア。見返すティナの反応がないことを了承と取り。
微笑ましそうに見てくるナバルに経費だからと言い張って。
リーはふたつずつ、木の実のパイと堅焼きクッキーを買った。
「ありがと」
中央の広場のベンチに座って、木の実のパイを手にエリアが呟く。
「いいから食えよ」
支払わせてもらうためにナバルには経費だと言ったが、もちろん申請するつもりはなかった。
嬉しそうに食べるふたりを眺めながら、リーは先程のエリアの言葉を思い出す。
「外に出てから腹が減るって、いっつもあれだけ食ってるんじゃないのか?」
「違うもん。出てきてからだもん」
咀嚼の合間に答えるエリア。
「なんで?」
「わかんない」
はむっとパイにかじりついては嬉しそうに味わうエリアと、無言ながら綻んだ顔で少しずつ食べるティナ。
そんなふたりを見下ろしながら。
振り回されてはいるのだが、だからといって憎らしいわけでもなく。
メルシナ村やエンバーの町の住人ほどではないが、やはり自分も絆されているのかもしれないな、と、リーは独りごちた。
三番街道を西へ進む。二日後到着した赤の三番の宿場町ではシングラリア絡みの依頼はなかったので、また二日をかけ紫三番の宿場町へと向かった。
紫三番、青の三番、紫二番、青の二番。この四つの宿場町に囲まれたユシェイグと呼ばれる地域はすべて請負人組織の敷地であり、各宿場町が主要な施設への入口でもあった。
施設内は原則請負人と職員以外の立ち入りは禁止で、施設によっては高い塀で囲まれている。
東西、南北、ともに歩いて二日の敷地には、養成所や鍛冶屋街、研究施設や職員の居住区などがあり、秘匿性の高い施設ほど街道から離れた内部に作られていた。
請負人たちが報告に訪れる本部の入口は、一番立地のいい紫三番。請負人以外の者の受付も基本ここだ。
「何日かかるかわかんねぇけど。宿も食堂も使えるから、ここでおとなしく待ってろよ?」
エリアとティナは、本部が話を聞くかもしれないが、まだここへ来いと言われたわけではない。宿と併設の食堂には事情を話し、とりあえずは自分の名でふたりにかかる代金をツケておいてもらうことにする。
とにかくまずは報告をして。この先ふたりをどうすればいいかの判断も仰ぐことにした。




