98~ギロチンの刃
「親父。跡形もなく消えちまったな、、、」
キルケは乾物屋の親父の落とした肩を叩いた。
親父はその手を振り払った。
「おい!乾物屋ぁ!」
寄って来たのは反物屋の女将。
もう70を過ぎた婆さんだった。
「わしの店と家!どうしてくれるんだっ!半分燃えちまったではないかっ! そりゃあお前の店はいいよ!安物の干物ばかり!こちとら、高級な生地!ベルベッドにシルク! この辺りでは採れない麻の反物! どうすんだい! 燃えた分、いや、焦げた物まで代金は全部払ってもらうからな! もちろんこの家もだ! 残り少ないわしの生涯! まさか住むところまで失うは、、、」
女将は乾物屋の親父の頭越し。
延々と怒鳴りつけた。
『ばばあ。ちぃ~と黙っててくれんか。一番落ち込んでいるのは俺』
乾物屋の親父は番犬の頭を撫でながらそう言った。
『あのな、俺のせいではないんだよ。魔女。魔術使いの女の仕業だ』
「おい!親父!あのさッ!わかっただろ!見ただろ!荷車!こいつらの仕業。こいつら隠修士どもがさ!」
「待て待て!何を言う、小僧! 盗んでなんかおらんよ! 港に捨ててあったのでな、拾ったんだ!漁師の爺さんにも断わってきた!」
「はぁ~? その爺さんの物じゃないのにぃ~? ね、ほら。こいつら隠修士の仕業」
『、、、もうどっちでも良いよ。見てみろ、この様。荷車なんかあったって意味がない』
「意味がない。はい、その通り」
『お前が言うな。キルケ』
「で、その魔女と、、、ヨーセスは? この距離ならいち早く駆け付けてるはずだけど?」
『お前。人の話を聞いておらんのか? だ・か・ら、その魔女使いの女が火をつけたんだ。尻を捲り上げてな』
「お、捲った? で、で、?」
『この可愛い俺の犬にキスをしやがった』
「尻を出して、キス。俺にも火がつくな」
『バカか』
「どっから出て来たの? 確かあの二人はヨーセスの店の地下の部屋にいたはずだけど?」
『俺の店の地下に決まってるだろ』
「ん? どういうこと? 乾物屋の地下って?」
『あ、なんでもない、なんでもない。あ~、めまいがして頭がおかしくなった。な~んでもないわ』
「地下牢か?」
隠修士のオロクは乾物屋の言葉を聞き逃さなかった。
「抜けて来たんだろ? ヨーセスと魔女使いが?」
「なにそれ?」
「小僧、お前は知らなくてよい」
「小僧?俺はキルケだ!それにあのアデリーヌって娘は魔女じゃないよ。魔女使いの微塵もない」
「俺は親父に聞いてんだ。なあ、親父。地下牢からヨーセスが出て来たんだろ?」
『ああ、そうだ』
「親父の店に来る前は、ちゃんとヨーセスに着いて来てたんだ」
『だろうな?』
「急変?」
オロクは黒目を左右に動かした。
「触ったかな?ギロチンの刃」
「ギロチン!?」
「いいから、キルケとやらは黙っててくれ」
『ギロチンがどうかしたか?』
乾物屋の親父がオロクに聞いた。
「何百年にも渡って、数々の魔女の首を切ってきた刃だ。
そこに悪魔の魂の気が這いつくばって屯。渦を巻いているのだ。
触ればあっという間にその身体にまとわりつく」
オロクは腕組をし、首をコクリと自身の言葉に頷いた。
「こいつら、皆で魔女のせいにしとる」
呆れた反物屋の女将はスゴスゴと片付けを始めた。




