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97/1501

97~恩を売る隠修士・責任逃れのキルケ

「あそこは? ヨーセスの店の辺り?」

気づいたのはオロク。隠修士たちを従えていた40になる男だ。

「水を汲め!港の井戸から汲み上げろ!」


 「海水をすくった方が早いのでは?」

「では、二手に分かれて両方から汲め! 桶に入れて6台に乗せるんだ!」


 港から見えた街に立ち昇る黒煙。

隠修士たちはこの街の者に恩を売る絶好の機会と考えた。

 

 元々、町の嫌われ者。

市民に暴言を吐いたり盗人を働いていた彼らだが、こんな時は稼ぎ時とばかり手助けに加担した。

ヘルゲの町の者が彼らを追い出さなかったのは、こうした人助けが理由だった。

もちろんその為の報酬は、手元にガッチリ頂いた。



ーーーーーーーーー


 「ダメだ。ない。荷車6台とも」

「隠修士たちが持って行ったって言ったけど、そもそも奴らはどこにいるんだい?」

 「知らないよ。漁夫の親父はこの港のどこかって言ってたけど」

「帰るしかないよ。ヨーセスと乾物屋の親父に謝ろう」

キルケとイワン、それに謝ろうと言ったトール。


 彼らが港から街の方に足を踏み出すと、頭上を覆わんばかりの煙がドロテア通りから上がっているのが見えた。

 「おい、あれ!見てみろよっ!」

「火事じゃないか?!」

 「ああ、ヨーセスの店の近くかな?!」

「もしそうなら、丁度いい!荷車どころじゃないだろう」

 「どさくさ紛れに戻ろう!」

 3人は市場の樽を搔っさらうと、それを小脇に抱えてチャプチャプとドロテア通りに続く道をひた走った。


ーーーーーーーーー


 燃え広がる火の手は、乾物屋の隣。反物たんもの屋の店にまで襲い掛かった。

緩やかな西風がその炎を東へ東へといざなうように流し込んだ。


 野次馬に囲まれた乾物屋の親父は、番犬の横にヘタヘタと座り込み、なすすべなくその火を目で追うだけだった。



 


 ガラガラ ゴロンゴロン ガラガラッ


「どけどけぇ~!」


 やって来たのは隠修士6人。それぞれに荷車を引いてそこでブレーキを掛けると、一斉に桶を担いだ。


 「あっ!荷車! うちの荷車!」

乾物屋の親父は立ち上がった。


 

 バシャバシャ バシャ

隠修士は脇見もせず、乾物屋と反物屋に水を掛けた。


「オロク。こんなんじゃ全然足りない。凄い火の手だ」

「いいんだ。いいんだ。店なんか燃え尽きちゃえばいい。俺たちが必死に消そうとしているところを町の奴らに見せればいいんだ」

「必死の振りだな」

「ああ、火が消えなくても恩は売れる」


と、オロクの頭にバシャと水が掛かった。

「おい!火事はあっちだ!」

振り向いたオロク。そこにいたのはキルケ。

 「ああ、ごめん。桶が重すぎて手が滑った」


 火の手の熱風が掛かった長いオロクの髪。水とともにそこから蒸気が上がった。

ムンとしたくさにおいがキルケの鼻を突いた。

 「お前らぁ~!荷車を盗みおって~!」


「アホ!今そんなことを言ってる場合かっ!火事だ!火を消せ!そっちが先だ!」

オロクはキルケの頭を引っぱたいた。

 

 黒煙に溶け込んだ火の粉が、荷車にまで押し寄せた。

頭を叩かれたキルケはそれをわざと見逃した。

(どうせなら6台とも全部燃えちまえばいい。俺たちの責任。少しはまぬがれる)


 気づかなかったオロク。

荷車からも青い炎が立ち上がった。

飛び火した火の粉は、ボロ木の荷車を一つずつ炭に変えていった。








※第75話「ヤギのタテガミとたまご」に挿絵掲載しました。

よろしかったら是非ご覧ください。

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― 新着の感想 ―
[一言]  アデリーヌ、なかなかやりますね。笑  この火事、凶と出るか吉と出るかですね。  なかなか読みに来れなくてすみません。m(_ _)m    
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