94~地下牢の棺桶
「ヨーセス殿。これはなんです?大きな箱。いくつもいくつも」
「ああ、暗くてわからないだろうけど黒い箱。蓋に、、、ほら十字架だ」
ヨーセスはアデリーヌに見えるよう、箱に蝋の火を当てた。
「え?棺桶?」
「そう、殺された魔女が入っている」
「今もこの中に?」
「正式には魔術使い。女だけとは限らない。昔はさ、夏になると蓋が開いて出て来た」
「え~!蘇るのですかッ?!」
「ハハハッ!違う、違う。夏になるとこの辺りでも温度が上がって、この地下牢に熱が籠るだろ?
人間の身体も焼いたイカの干物と一緒でさ、その熱で遺体がクルっと丸かって起き上がっちゃうのさ。で、適当に乗せられただけの棺桶の蓋をパカッと開けちゃうんだよ。ドラキュラ伯爵の伝説もそれと同じさ」
「蓋が開いたら私、悲鳴をあげますわ」
「大丈夫。もう何十年、いや何百年も経っているから、中はきっと骨の砂」
「そのままにしてあるのですね、、、」
「誰も片付ける者なんかいないさ。魔の気の巣屈だよ、ここは」
「気が移らない?」
「何回も通ってるけど全く。ただの地下トンネルってとこかな」
「皆さん知っているの?」
「それがさあ。俺に店を出せと言ったのはドロテア。ここにね。けど未だかつてこの地下牢に関しては一言も言わない。知っているのに知らないふりをしているのか、、、本当に知らないのか」
「知っているのはヨーセス殿と乾物屋さんだけ?」
「そう、魔女使いとして、マーゲロイ島に連れてった女以外はね。乾物屋は代々ここで商売をしてきたから、もちろん知っているよ。もう一方の入り口、つまり俺の店は、、、教会だったみたい。お前が座った椅子もロウソクのランプを置いたテーブルも全部あそこにあった物さ。ミサにでも使っていたんだろうな。お前が店に連れて来られた時はまだ品物がたくさんあってわからなかっただろうけど、あの壁の窓はみなステンドグラス」
「教会ですわね」
「俺が店を出した頃、最初は乾物屋も知らない振りをしていた。けどね、ひょんなことからあそこが回転式の扉ってことがわかったんだよ」
「ひょん?」
「ああ、店を出してから半年かな? お前と同じように店に連れて来た魔女がいてさ」
「同じように?って、私は魔女ではないです!」
「ドロテアから匿ってくれと頼まれて。ヘルゲがムシャぶりつくからってさ」
「ムシャぶり、、、」
「それがさ、お前のように落ち着き払ってる女じゃなかった。あの地下の部屋で暴れ出したんだ。ここから出せ!と。取っ組み合いになっちゃってさ。テーブルはひっくり返すわ、物を投げつけるわでさ」
「私もしたかったくらいですわ。未だにあなたのこと信じられないし」
「投げた皿が鍵の金具を外しちまった。俺はその壁に背を当てていた。避けようとしたら、クルっと」
「廻った?」
「まったく気の強い女でさ。リサ・テオドールって女だよ」
「その魔女?は、今どこに?」
「ああ、彼女も今はマーゲロイ島にいる」
ピタピタピタ
「ごめんなさい。なんだか寒気がしてきましたわ。気分もなんだか、、、」
石造りの天井からポタポタと落ちて来る水滴。真っ暗な水溜まり。両脇の鉄格子と棺桶。
アデリーヌの長い髪はすでにビショ濡れであった。




