92~ヘルゲ家の食卓
ドロテアはヘルゲの昼飯を搔っさらった。
召使いのペトラは湯気の立った焼き魚の皿を、言われるまでもなくドロテアの前に置いた。
「まずはお腹に入れないとな。そのあとだ」
「そのあと? どこへ?」
「お前、なにをのんびり構えているんだ。ヨーセスの店に決まっているだろ!私になんの連絡もなしにタリエ侯爵の使いなぞ来るわけがないのだ。しかもそれだけの買い物をして行くなら尚更だ!」
「本来であれば、わしのところに手紙が来るのが筋だと思うのだが、、、」
「しかたないな、タリエ殿も私たち夫婦の力関係がわかっているようじゃ。ハハハッ」
「わしにはのんびり構えていると言いながら、お前はその焼き魚が先かい? おれはこの湯冷ましだけ」
「おや?お前。湯冷ましを飲んでいるのかい?」
「そうだ。わしの昼飯はお前が食べてるじゃないか!」
「ペトラぁ~!ヘルゲが飲んでいるこの水は?」
「はいはい、もちろん今朝方井戸から汲み上げた水でございます」
「おいおい、ヘルゲ。その水は井戸の水」
「それがどうしたのだ? いつものことだ」
「井戸には魔女の農民着が浸かっているのだろう? 魔の気が沁みついているのであろう? それにもしかしたら、、、底で息絶えているかもしれぬ。その水だ」
「ゲッ!」
ヘルゲは口の中に含んだ白湯をぺぺッと吐き出した。
「大丈夫だ。魔の気がお前に移ったとしても、元々お前は魔男。変わりはせん。ハハハッ!」
「おい!ペトラ!なぜこんな水で調理をしている! 井戸の水は使うんじゃないよ! ペッ!ペッ!」
「え?なにを言っておられるのですか?」
「魔女の農着が浸かった水を使うんじゃないよ! いくらアデリーヌちゃんの物とはいえだ!」
「あれあれ、そのことでしたら。あのあと氷が溶けたので蔓を下ろして桶に引っ搔けて上げましたところ、、」
「上げたぁ?」
「はい。この街の農民着でございました。色合いや刺繍でわかりますわ。バルデのサーミ人の物とは違います。びしょ濡れでありましたし、天気も良かったので小屋の裏側に干しました」
「わしは聞いてはおらんぞ、見てもおらん」
「ヘルゲ殿。その日はアデリーヌを捜しに行くとかで一日出っ放しだったではありませんか」
「一日出っ放し? ヘルゲ。そうまでして捜しておったか!ハハハッ」
笑った拍子に、ドロテアは魚の身を少し吐き出した。
「ということはぁ、、、アデリーヌは裸ではなかったということか、、、?」
ドロテアは皿の隅に避けた魚の骨を掴むと、湯のみを握っていたヘルゲの指にチクリと刺した。
「痛ッ!」
湯のみが倒れて、焼き魚の皿の上に零れた。
画・童晶




