9~北か南か
「では、その赤子も連れてまいれ」
『言わんでも連れて行くわっ! どこにこんな赤ん坊を一人にしておく親がいるか!』
「おう、悪い悪い。いらん事を申したの」
『しかし、少し待ってくれ。この子に与えるミルクを絞っておきたい。道中長いのであろう?』
「ああ、二日と半分。寝泊まりはここからの浜伝い。漁師の納屋。当てはつけてある」
ラーシュはすぐに表に出ると、横たわっていた羊をヒョイと立たせた。
乳が張っていた羊。膝丈ほどの陶器のミルク缶は瞬く間にいっぱいになった。
「おい、ラーシュ!これを着ろ!」
『なんだこれは?』
「ドロテアさまからだ。トナカイの毛皮だ。朝晩は冷え込むからな」
『ドロテア?いやに手厚いじゃないか?』
「これもだ。こっちは赤子用の毛の生地だ。巻いて行かれ」
『こんな物着たことがない、、』
「証人は大事に連れて来いというお優しいドロテアさまの預かりものだ。着ろ!なんならくれてやる!」
ラーシュはコートのような起毛の上着に袖を通すと、その上から赤子用の毛皮を右肩から左脇に回した。懐にヤンを包み込んだ。
「では、参るぞ!俺の後ろに跨れ!」
ミルク缶を馬の鞍に括りつけると、ラーシュはその馬の背に飛び乗った。
兵が手綱を引くと黒馬は前足を高々と上げた。
ヒヒ~ンッと一声わななくと、なだらかな斜面を下っていった。
その両サイドを固めるように、あとの二人の兵を乗せた2頭が鬣を靡かせた。
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漁師町に繋がる階段を、3頭の馬は前のめりになってポカポカと降りた。
先頭の兵が手綱を左に引いた。
馬先が階段を降りたところで左に向いた。
『ん?どこへゆく?』
「なにがだ? こっちだ」
『ん?ここの漁師の婆さんが、お前らは南に向かったといっておったぞ?』
「はて?」
『これでは北だ。おかしいではないか?』
「ババアのいうことだ。北も南もわからんのであろう」
『それは変だ。漁師の家でありながら方角がわからないなどありえん。それにここを領地にしているヘルゲ男爵の館は南だ』
すると、それを聞いていた兵がすかさず口を挟んだ。
「いやいや、違うんだ。我らは裁判に向かうのだ。なにも男爵さまの家に向かうわけではない」
『裁判所は南であろッ?』
「そ、そうなんだが、、そのぅ、魔女の場合はな、ほれ!そこで裁判を行うと魔気が生じる。町の中まで見えない悪魔の空気がなだれ込む。」
「おう、そうじゃそうじゃ。だからな、人気のない遠い北の村。そこで執り行うのだ」
「そうそう、そうすれば正々堂々と裁判ができるってわけさっ」
「そこの古い城を利用してな。判決をな」
3人の兵は代わる代わる矢継ぎ早に言った。
『では、間違いなくそこにアデリーヌはいるんだな?』
「もちろんそうだ。そこにドロテアさまも裁判官も祭司さまも行っておる」
(あのクソババア。余計なことを言いよって、、)




