86~荷車を返せ!
「ゲっ」
キルケとイワンは店の扉を閉めることも忘れ、ヨーセスと目を合わせた。
「あっああ、あ、あ、早いじゃないかヨーセス」
『ああ、今回は早かった。マウリッツの城にな、イブレートの亡霊が出たんだよ。城で三泊する予定がトンボ返りだ。』
「あ、あ、あ、そうかそうか、それはそれは」
『そんなことよりさっ。なにこれ?』
ヨーセスは品物がなくなった薄汚れた壁を右左に指差した。
「そのう、、、」
「キルケ、もう正直に話しちゃえよ」
トールが言った。
「あのな、ベルゲンの使いの者が来て、品物を欲しいと、、、」
「お~い!入るぞ~!」
開いたままだった扉。そこに入って来たのは乾物屋の親父。
「ようやく見つけたぞ。お前らぁ!」
『おじさん。どうかしたのかい?』
「ヨーセス!お前だな!?」
『は?なにが?』
「うちの荷車をどこへやった? まったくぅ! 仕事の手を休めてまで6台も貸したというのに一向に戻って来んではないか! ここに覗きに来たって、店はいつも閉まったまま!手を煩わすんじゃないよ! こちとら商売上がったりだ!」
『??どういう事? キルケ、お前なにかやらかしたか?』
「だから、来ちゃったんだよ。タリエ侯爵の使いが。店の物を全部欲しいっていうからさ。で、港まで運ぶのにさ。この乾物屋の親父に荷車を借りたのさ」
『返してないのかい?』
「ああ」
『どこにあるの?』
「たぶん港。やつら港に置いておくって言ってたからさ」
『なぜ取りに行って親父さまに返さないのだい?』
「色々あったんだよ。説明すると長く、、、」
『長くなるなら先に荷車を取りに行って来るんだな。そっちが先だ。他人さまの商売の邪魔をしたらならん。 親父さま、今取りに行かせます』
「わかった。早くしてくれ。商いが滞る」
「2人で6台を?」
イワンがおどおどしながら、ヨーセスに聞いた。
『当たり前だろ! お前らの仕業なら! 港なら、落ちている漁網で6台を結んで引っ張ってくればいいだろ? 早く行きな! 話はそのあとだ!トールも手伝え!』
3人は店を飛び出した。
その話の間、乾物屋の親父は店の中をうろうろと眺めていた。
「なあ、ヨーセス。店を畳むのかい? 何もないではないか?」
『俺もわからない。あの3人が戻って来たら聞いてみるよ。親父さまに借りた物を返す方が先ですから』
「ほう、お前も知らないのかい? それはケッタイなことだ」
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「船を着けたのはこの辺りって言っていたが、、、」
「ないな」
「1台もない」
「誰かに持って行かれたか?」
「あんな汚い荷車をかい?」
「おい!お前ら!なにをコソコソ探しておる?! 漁民でも船員でもなさそうだが?」
近くで穴の開いてしまった漁網を編んでいた爺さんが話しかけた。
「あ、爺さん。この辺りに荷車がなかったかい? 6台ほど」
「お、あったあった。汚~いのが」
「知ってるのかい? それはどこに?」
「この辺りをうろついていた隠修士どもがな。そうそう、丁度6人。いらぬなら欲しいと言って来たからな。誰が捨てたかわからぬ物。好きなようにしなさいと言ってやったさ」
「は?くれちまったのかい?」
「こんな所に何日も置いてく奴が悪いのさ。それに隠修士たちは乞食のようなもの。生活道具一切を手に持っておる。移動には最適だ。寝床にもなるだろうと思ってな」
「爺さん、あれはドロテア通りの乾物屋のなんだよ、、、」
「置いてく奴が悪い!」




