82~マーゲロイ島・平原の少女
200年前。
突然の3000もの海賊の襲来に、イブレートはその城の大広間で椅子を横たえ昼寝をしていた。
暖かでうららかな日。
イブレートに従えていた騎士、召使。
皆食事を終え、城の庭で寛ぐ者、城の外に散歩や買い物に行く者それぞれだ。
繁栄を極めていた北極圏に最も近い町。マウリッツ。
この極寒の地にこれほどの民と人々が行き交っていたのには理由がある。
イブレートは絶対権力を保持する専制威圧な政治を行っていたからではない事。
常に民衆とともにあった彼は、全くもっての平和主義者。
この北の果てにまで人々が参じ、貢ぎ物を運び込んだのはその彼の性格に寄るもの。
威圧的なものに脅されて人々はこの地に集まって来たのではない。
平和な暮らしを求めてのことだった。
この寒さの元、暮らすのは大変なこと。
それらをわかっていたイブレートは、一切の税を取り上げることもなく、民には自由に商売や農地の開拓をさせていた。
寒期の食糧保持には、この地に度々訪れていたエスキモーの部族からも学びを乞い、民衆のために城壁の外に保管庫まで増築した。
このマウリッツの城を建てる際にも、民の開いた時間をそこにあてがい、きっちりとその代金や品を払っていた。
当時は無かった城壁内側の堀も、その上部、縁に立ち上がる槍もこの襲って来た海賊達により造られたもの。
イブレートが造った城はここまでの守りの城ではなかった。
ここを訪れた他国からの行商人もその居心地の良さに、持って来た物と引き換え条件に住みつくようになった。つまりこれがマウリッツの城が宝で溢れた理由であった。
それを狙ったのは、ベルゲンの領主とその支配下の海賊達といわれたが今となっては定かではない。
この地の平和は一気に崩れ落ちた。
てんでばらばらに逃げた民衆。
その中にはイブレートの血筋の者も多くいた。
彼らは貴族の身でありながら、こうした午後の昼下がりには民の店が並ぶ賑やかな通りまで下り、その会話や買い物を楽しんだ。
襲われたマウリッツ。
追い出されるように逃げた群衆は船に乗った。
辿り着いたのは、そこからほど近いマーゲロイという樹木のほとんどないツンドラの島。
しかしこの島。無人ではあったが、北大西洋海流により真冬でも、海も陸も凍結することのない島であった。
ここに生活の拠点を移したマウリッツの民は、イブレートのおかげで蓄えた建築や農業という技術、野生で繁殖をしていたヤギを家畜として育てる法。全てを知っていた。
マウリッツの民達が行き着いた場所を知ったエスキモーは、世話になったからか、この民たちに度々トナカイの肉を差し入れた。
それから約200年。
そのツンドラの平原。
そこで育ったのがゲルーダという少女。
皇帝イブレートはというと、横たわっていた広間の椅子の上。
昼寝とともにそのまま眠りについた。
胸には高々と海賊の矢が刺さっていた。
画・童晶




