8~ラーシュと3人の兵
「ほれほれ、食い終わったらとっととお行き!」
「アグニアの婆さん。皿でも洗っていこうか?」
「そんな事をしておったら、漁から男衆が戻って来ちまうよ。さあさあ出て行っておくれ!」
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3人の姿はラーシュの丘の上にあった。
それぞれに跨った3頭の黒毛の馬。吐く息はもんもんと熱く白かった。
彼らは自分達を騎士と名乗ったが、その容姿はどう見てもゴロツキ。
ヘルゲ男爵にとってもただの使用人の扱いだ。
「おい!ラーシュ!ラーシュっ!」
「返事がないな」
「んん?外にはおらぬようだな」
3人はその家の前まで来ると、扉の取っ手に手を掛けた。
ガチャリ
「お?開いておるぞ」
「おや?もともと、鍵などないのだな」
「おーい! ラーシュ! 中に入るぞぉ~」
小窓から朝の日が降り注ぐ農機具が置いてある土間。そこから声を掛けたが返事はない。
「ここかあ?」
もう一つの部屋の扉を開けた。
土間続きの部屋。その奥には枯れ草を轢いただけの朽ちたベッド。
その草を飼い羊がムシャムシャとほおばっていた。
その羊の白い息の向こう、スヤスヤと眠るラーシュと赤ん坊の姿があった。
アデリーヌがいなくなってからの数日。ラーシュは畑仕事をしながらヤンをあやした。
朝昼晩と羊の乳を絞り、そのミルクをヤンに与えた。
ぎゃあぎゃあと泣き出せば畑仕事の手を休め、木車の荷台に寝かせたままギッコンバッタンと揺らした。
その合間をぬってアデリーヌがいつ戻ってきてもいいように部屋の隅々まで掃き掃除をした。
ラーシュは幾日か眠れない日が続いたが、身体は正直だ。
この明け方に、ようやく眠りについたばかりだった。
大きなイビキと、赤子のスースーという寝息が交互に輪唱を奏でていた。
「眠っておるのか。悠長なもんだなあ」
「そっくりな顔だな」
「アデリーヌにも似ておるが、こうしておでこを引っ付けて寝ているとラーシュとも瓜二つだ」
「この夫婦が似ておるということであろう」
「おい!起きろ!ラーシュ!ラーシュ!起きろ!」
ラーシュは目の玉をひん剥いて飛び起きた。
『な、なんだお前ら! 勝手に人の家に!』
「久しぶりだな。ラーシュ」
『んん?』
ラーシュは身体半分をベッドから起こすと、その目を擦った。
『あ!!お前ら!この間の!』
「へへッ~」
『おい!アデリーヌをどこにやった!!返せっ! 戻せ!』
ラーシュはスクと立ち上がると一人のゴロツキ兵の襟元を掴み上げた。
「痛ぇッ、痛いんだよ! 離せ! 話があって来たんだ!落ち着け!」
『他人の家に勝手に上がり込んどいて、落ちつけ!はないだろう! ふざけやがって!』
「まあまあまあ、とにかくな。話を聞いてくれ」
もう一人のゴロツキが言った。
「あのな。アデリーヌ。戻せるかもしれんぞ」
『えっ?』
「今な、裁判が始まったんだ。お前には悪いが魔女裁判てやつだ。聞いた事があろ?」
『お前らぁ~!勝手な言い掛かりで俺の妻を魔女に仕立てておいて、なんて言い草だ!』
「でな、その裁判。お前の証言があれば、アデリーヌは無罪放免となるかもしれん。なのでな、一緒について来てもらいたいんだ」
『当たり前だ!元々なにもしてはおらん! お前らがよくわかっておるだろうに!』
「どうする? ついて来るかい?」
『決まっておるだろ!!行くわ!行くっ!』




