77~鉄兜の居場所
200年前には北の皇帝と恐れられたイブレートが統治していた最北の町。
その先は北極圏。隆盛を極めたこの城と城下。他国の軍隊など攻めて来ないと思っていた皇帝だったが、やって来たのは海賊山賊という名の盗人集団。少しの警備兵のみの配置は、この城を一昼夜にして落城させた。
その後のイブレートの行方は定かではなかった。
もちろんこの盗賊達の目的は金銀財宝の奪取だったが、なぜそれらの多くがドロテアに運び出される今日まで残されていたのか。
それは簡単な話だった。
彼ら盗賊達はこの城を住処と考え、運び出す必要もなく宝の山の城に住みついた。
それからというもの、諸国からせしめた財宝はこの拠点マウリッツ城に納めるようになったのだ。
それらで溢れかえった城。各部屋部屋は宝で山積みになり、置き場に困った盗賊達はその広大な城壁の外に三角屋根の石造りの倉庫を構えた。なぜ内側ではなかったのか? それは幾たびかこの城壁の扉の丈を越す大物の宝を奪っていたからだった。
もう自分達以外に誰も攻め入る者がいないという安心感もそれを決意させた。
それでもその倉庫の2階には見張りの部屋が四方に置かれ、退屈まみれの下っ端の賊が暇を持て余して寝泊まりをしていた。その広さは宥に30人は寝転ぶことのできる広さであった。
宝の倉庫は城の北東、城壁の真下。
城からは城壁の高さが邪魔をし、全くの死角となっていたが彼ら自身が造った物。全く意に介する事はなかった。
「ゲルーダさま。もうよろしいんではないですか? この城の男たちに飯を出すのは不要。もうドロテアは二度と来ないのではありませんか?」
『セシーリア。私はもうしばらく様子をみたいのだ。ドロテアのことだ。いつ何時現れるかも知れん』
ゲルーダはその鉄兜を脱いだ。
美しい金髪の髪が肩まで垂れた。
「しかし、アグニアやハラルまで寄り付かなくなってしまっては、この男たちの食糧どころか我々の食いぶちも底をつきます」
『それなら心配はいらない』
ゲルーダの淡いブルーの瞳がニコリと笑った。
「なぜです?」
『イブレートの亡霊を演じたのはアグニアとハッセ、それにハラルだ。逃げたのはドロテアに見つからない為。ここに亡霊などいない事はあの3人は無論知っている』
「あ、そうか。もうドロテアが寄り付かなくなるってことは逆にここに来やすくなるって事ですね?」
『そうだ。アグニアはきっとこの辺りのどこかに隠れているはずだよ』
「けど、戻って来ても、城の扉。外鍵の丸太は開くとしても、ドロテア達は取っ手の鍵穴の錠もかって行きましたよ。」
『問題はそこなんだが。アグニアの婆さんは城の中に入りたいのだ。セシーリア、お前だけには言っておく。この城の中にまだ、途方もない宝が眠っているようなのだ』
「なるほど。それでアグニアがわざわざここまで。けどいつもの朝飯の桶を垂らすようにスルスルと城壁の中に降りてはいけないのですか?」
『お前は壁の上に登ったことがなかったな。壁の下は深い内堀。それが壁を一周取り巻いている』
「え、じゃあ男たちはどうやって飯を掴んでいるのです?」
『長い鉤の付いた棒で、桶のついた紐を引っ掻けて堀の手前に引っ張っているんだ。だから我々が壁の内側を降りて行ったら、足が着く所は深い堀の底だ』
「では城壁の扉の所だけ?堀がない?」
『扉の前は橋が架けられているが、その壁の上は槍の柵。城の造りは敵に容赦しないからな』
「ん?けどゲルーダさま。この扉をドロテアが来る前に最初に開けたのはミカル達ではありませんか?!」
『あ~~!、すっかり忘れていたぁ!ミカル達を外の小屋に閉じ込めたままだったぁ~!』
「彼らが鍵を持っているではありませんかぁ!」
『そうだ!持っている!』
鉄兜の彼女たちは、城壁の真下。
200年前、イブレートの城を襲った盗賊達が建てた城壁の外。住んでいたのはその倉庫であった。




