75~ヤギのタテガミとたまご
「ラーシュはこの木から声がしたと」
「枝も揺れていたと言っていたな」
テオドールとニルスはナナカマドの木の下から鬱蒼と茂る枝葉を見上げた。
朝の黄色い陽射しが、その赤い実を照らし、
緑色の艶やかな芝は、2人が立つ影を根元周りに長く映していた。
「テオドール、見えるかい? あそこの枝の先。何かぶら下がっているよ」
「んん?」
テオドールはおでこに手を当てると、陽射しを避けて茂ったそこに目をやった。
「なッ。靴かな?」
「ニルス。なにか長い棒はないかい? そんなに高い所じゃないから、、、あ、薪を押し込む棒があっただろ?厨房に」
「それで叩いて落としてみるかい? 取りに行って来るよ」
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テオドールはニルスを肩車すると、その棒の先が靴に届いた。
「俺は操り人形師だ。こういうのは得意」
「あんまり関係ないよ」
ニルスは体を大きく揺らしながら、枝にぶら下がっている物をパンパンと叩いた。
その大きな振りに、土台のテオドールは足を踏ん張れなかった。
膝がガクガク震え出すと、その揺れに耐えきれず、ニルスを担いだまま後ろ向きにバタンッと倒れた。
「うわ~!」
「痛ッ~!」
倒れたテオドールの顔の上に木靴がポーンッと落ちて来た。
「痛ッて~な!」
ニルスはテオドールが倒れる前に飛び上がり、ピョンと芝の上に降りると、跳ね返ったその靴を手に取った。
「ちっちゃな靴だな」
テオドールはコブになったおでこに手をやりながら、片手を芝について立ち上がった。
「ニルス。先に俺の心配をしろよ、、、痛たたた」
「古い靴だ。これさ、踵の上の部分に錨の細工がしてあるよ」
「錨?」
「ああ、これは漁民か海賊が履くやつだ。俺もほら人形芝居に出て来る漁民の人形も作っててさ、その靴には必ず錨の彫り物を施してたんだ」
「ほ~う。じゃあ体の小さい漁民か? 体の小さい海賊ってのも変だし」
「別に変じゃないけどさ。年寄りだよ」
「なぜわかる?」
「だって、今時こんな靴履いてる奴いないもん」
「イブレートの靴じゃないのかい? 亡霊の靴」
「イブレートは大柄な男だって伝説だぜ。それにそこまで古い物じゃない」
「じゃあ、誰かここにいた?」
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『おーい!テオドールぅ!ニルスぅ~!こっちに来てくれ~!』
呼んだのはラーシュであった。
「なんであいつ外にいるの? 飯の支度は?」
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「どうした?ラーシュ」
『あのな。今、ヤギの乳をもらいに搾りに来たんだが』
「ああ、それで庭に」
『で、出て来たらこのヤギに鬣が生えててさ。白い』
「ん?」
『で、卵を産んでた』
「は?」
『で、よく見たらヤギの角に女物のズロースが引っかかって、それが首の周りをグルリ』
「ズロース? それが鬣?」
『ヤギの腹の下に水晶玉がコロッと』
「それが卵のこと?」
『ズロースは俺の部屋にも落ちていた』
「それはドロテアが待ち切れなくて脱いだズロースだろ?」
ラーシュはヤギの腹の下に入ると、その水晶玉を拾い上げた。
『あれ?このツルっとした感触。昨日俺が投げ返したやつだ』
画・童晶




