71~朝飯に拍手喝采
「もうひとついいかい?」
ニルスは、テオドールに聞いた。
「ここにいつも俺たちの飯を運んで来る奴らのことだけど」
「飯っ」
「だろ?もし奴らがドロテアの手下であるなら、もう食い物など運んで来ないのではないか?」
「あっ!」
「ドロテアさまがイブレートのお化けを恐れて逃げ出したってことを、知っていればだけど」
「奴らは間違いなくドロテアさまの手下だ。そうでなければ俺たちに飯を運ぶわけがない」
「今は逃げたばかりで知らないかもしれないけど、いずれはわかっちゃうよな。そうなったら俺たちは、、、」
「ここで餓死だ」
『お前ら何の心配をしてるんだ?』
ラーシュはヤンを懐に抱えユラユラと揺らしながら2人に訪ねた。
「飯だ。飯の心配だ」
『庭に畑があっただろ? あそこでなにか作ればいい』
「お前本当に農夫か? 猫の額ほどしかない畑だぜ。しかも一年のほとんどが雪と氷に閉ざされる。俺たちは夏場の小腹の空いたときの為、ちょっと作っているだけさ。そッ、鍬持って少しは身体も動かさないとなっ」
『なるほどぅ。あそこでは何を作ってるんだい?』
「芋みたいなもんさ」
『種は?どうした?』
「奴らが持って来た朝飯の材料の中に芋があってさ、それを種芋にしたら見事に。それを毎年繰り返してるだけ。けどそんな物なんの足しにもならないよ」
『他にはなにかあるかい?』
「ないよ。いつも奴らの作ってくる食べ物が頼りだったし、途切れなく来てたから。あるとしたらヤギのミルクだけだな。それでチーズやバターを作ろうったってこの人数だし、できる前にこっちが干上がる」
『だけどもし、明日の朝、飯が運ばれて来たら当分は大丈夫なんじゃないか?』
「なぜ?」
『ドロテアはきっと慌てて自分の家まで帰るだろし、飯の支度をしている奴らがそれに気づいてなければしばらくは知らないことになる』
「ん~、確かに」
『で、明日もし食事が来なかったら一巻の終わり。皆餓死して、そのイブレートとかいう爺さん皇帝と一緒に精霊の木に収監だ。けど俺は妻のアデリーヌと会うまでは死にたくない。この子も死なせたくはない』
「ちょっと待て、ラーシュ。お前今何と言った? 爺さん皇帝?」
『そうだよ。老いぼれた爺さんの声だった』
「、、、ん? イブレートが亡くなったのは28歳の時だって聞いたぜ? 若くして亡くなったと。年寄りの声っておかしいよな?」
『死んでからも歳を取るんじゃないのかい? 228歳ってことだから』
「バカ言ってんじゃないよ」
「そんなのおかしいよな?」
「ああ、なんかおかしい、、、」
ホールでの長話はすでに太陽を東に昇らせ、窓からは柑橘色の光が薄っすらと注ぎ始めた。
男たち13人は、城壁の扉の鍵が外から掛けられてしまっているのかを確かめに表の庭に出た。
ド~ン!ド~ン!
「あれ?銅鑼の音?」
「おい!見ろよ!テオドール!」
ニルスが東の城壁を指差して叫んだ。
朝の凍える大気はその熱とともに蒸気と変わり、匂い沸き立つ煙の桶がゆっくりと降りて来た。
「あっ!飯だ!朝飯が降りて来たぁ!!」
男たちは城壁の鍵の事も忘れ、その桶に向かって一斉に走り出した。
13人。朝飯に両手を上げての拍手喝采であった。
画・童晶




