7~アグニア婆さん
「おい!アグニアの婆さん! 婆さんはおるかぁ!」
ドンドン!
「婆さん!開けとくれぇ!」
「なんだ。お前らか」
「おー、びっくりした。後ろから来るとは」
「アホ、ここはワシの家じゃ。前も後ろもあるかい!」
訪れたのはアデリーヌを連れ去ったヘルゲ男爵の手下3人。
「男衆はおるか?」
「なにを寝ぼけたことを言っておる。こんな朝早くおるわけはないであろ? 皆、漁に出ておる。わかって来とるくせに。まあ良い。上がらんさっしゃい」
バタッ
「お~、暖かい。さすがにここまで来ると、この季節でも寒いわ」
「朝早いしの。漁から帰って来る男衆の為に、もう薪はくべてある」
「で、さっそくだが、ラーシュとやらはここに来たかい?」
「おうおう、すぐに飛んで来よったわい」
そう言うとアグニアは黒光りした樫の木の椅子を、3つ並べた。
「お前ら。腹は減ってはおらぬか? 昨日獲れた鮭でも焼こうか? そこに座れ」
「それはありがたい。いただこう」
アグニアは玄関土間の奥で火を焚き出した。
「で、婆さん。赤子は? ラーシュに渡したかい?」
「ああ、泣いておったぞ。あの若い亭主。可哀そうに」
「ハハハッ! バカを言え! この丘の上に顔の良い色男がいると密告したのは、お主だろうが」
「はて? ワシだったか?」
「とぼけんじゃないよ、、まったくクソババアが」
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「ほれ。出来たぞ。海塩が振ってある」
鮭を包んであった薄い白樺の皮。開くと真っ白な湯気が、土間の天井まで立ち昇った。
「おう、美味しそうだ」
「ほら。スプーン」
「なんだ?フォークは無いのか?」
「お前らに尖ったもんは渡せぬ。それで食え」
彼らは黒ずんだ銀のスプーンでオレンジ色の身をほぐすと、ガツガツと口に運んだ。
「で、お前ら3人は今からこの丘のラーシュのところに向かうのかい?」
「そうだ」
ムシャムシャムシャ、アツアツ熱っ
「素直について来るかのう?」
「ドロテアさまから、良い方法を授かって来た」
ムシャムシャ
「あ、ドロテアさまと言えば!忘れておった。これこれ」
兵の一人がスプーンを皿の上に置くと、魚油で濡れた手のまま、紺色の布に包まれた木箱を取り出した。
「ほら、アグニアの婆さんや。これはドロテアさまからの礼だ。俺達も中身は知らぬ。開けてみろッ」
「金では無いのか?」
「知らん!知らん!」
アグニアは布を解くと、その木箱の蓋を、パカと開けた。
「お、これは! 水晶玉ではないか! 両掌に収まる大きさ。良き品じゃ」
「そうかい、そうかい。それは良かった。魔術使いには丁度良い代物だな」
「ん?なんだ、お前らワシのことを知っておったのかい」
「とっくさッ。鉤鼻のアグニアさん!」
「では、なぜワシを捕まえん?裁判に掛けなくても良いのかい?」
「言っとくけどさ、ヘルゲ殿がシワクチャはいらないってさッ」
「は?フン!ヘルゲの頭、カチ割ってやるわい!」
チャリーン
「婆さん、大声出すからスプーンが落ちちまった。替えとくれ」
画・童晶




