68~バレたぞ!逃げろ!
「あれ?ハラル。お前の投げた水晶玉が戻ってきよった」
コロコロリン
「どうしたのじゃ?」
ナナカマドの枝の上で葉を揺らしていたハッセ。
下を覗くと、おぼろな月に照らされた玉が、その根元に転がって来た。
声色を使ってイブレートを演じたハッセは、うんうんと喉を鳴らすと幹を抱きかかえながらスルスルと降りて来た。
「おかしいな。ドロテアは恐れなかったか? わしの声とバレてしまったか?」
『水晶玉を投げ返されたということは?』
「婆さんや。バレたかもしれん!」
『ギャ!マズい! 急ぐんじゃ!早く城の外に!』
アグニアはその言葉と同時に、ポンッとハラルの背中に飛び乗った。
『早く!早く!逃げるんじゃ!』
ハラルにおんぶされたアグニア。その背中をハッセが追いかけた。
ハッセは走りながら、2階の窓からドロテアが覗いてはいないかとクルリクルと振り返った。
ふと気づくとハラルが後ろにいた。腰を曲げながらの火事場の逃げ足はハラルを抜き去っていた。
城壁の扉はもちろん開いたまま。
息を切らした3人は、扉の外の芝に雪崩れ込み、ドタドタと転がった。
「はあはあ、はあぁ」
ハラルの口から霧のような白い息が何度も漏れた。
『ゲルーダ!! 扉を閉めちまえ! 早く!早く!ドロテアが追いかけて来るかも知れぬ!急げ!急ぐんじゃ!』
「アグニア殿!バレてしまったのですねえ~?!」
『わからんが、水晶玉をわしらに向けて投げ返してきよった!』
「あ~!それはもうバレてしまいましたわ!わかりました!外鍵を!丸太を掛けましょう!」
ゲルーダたち鉄兜の数人は、丸太を担ぐと扉の楔の上にドンと乗せた。
『ふ~!助かったわい』
倒れた3人は砂の付いた服をパタパタと叩きながら、やれやれと起き上がった。
「で、どうしましょう?ここからは?」
ゲルーダはアグニアに聞いた。
『ワシは帰る』
「は?帰るとは?」
『ワシはオーロラを見たくて付いて来ただけじゃ。な~んも知らん。城の庭にも、ナナカマドの木の下にもおらんかった。というわけで、ここにはいなかったというわけである』
「ゲ、わけである、、、」
『なのでな。もしドロテアの声が扉の裏で聞こえたら、開けてやればよい。ではドロンと消えよう』
そう言うとアグニアはハラルの乗って来た馬の背に飛び乗った。
『ハラル!手綱を!お前も見つかったらマズい!』
「わしは?」
『ハッセ!お前さんも早く跨るんじゃ!』
ハラルが馬の首を叩くと、ヒヒヒ~んと後ろ脚を蹴り上げて、砂埃と共に消えていった。
「行っちゃった、、、」
「ドロンとではなかったが、、、」
残された鉄兜達はボソリと呟いた。
アグニア達3人が霧の彼方に見えなくなったその時であった。
ドンドンドン!ドンドン!ドン!
『開けろ~!開けるんだぁ~!なぜ閉めているぅ~!』
「早く!早く!イブレートの亡霊が追いかけて来るぅ~!助けてくれ~!」
『早くぅ~』
ドン!ドンドン!
「あれ?バレてない?ドロテア、ちゃんと騙されてる、、、婆さんもったいなかったな」




