64~ご一緒に御2階へ
「これはこれは。ドロテアさま。マウリッツへようこそ!」
『久しぶりだなテオドール!』
「はい。お久しぶりでございます」
『相変わらず美しい男だ』
「ありがとうございます。しかし今日はラーシュでございますね?」
『ハハッ。お前が相手でも良いのだが今日は初物。ラーシュを見に来たのだ』
「見るだけですか?お味見ではございませんか?」
『ま、そんなようなものだ。で、そのラーシュは?』
「はい、今食事の後片付けを手伝わせておりますゆえ、すぐに連れて参ります」
テオドールは大理石の床をスタスタと広間の奥の厨房に向かった。
「楽しみでございますね。ヨーセスやテオドールよりも良顔とはいかばかりか」
ヴィーゴがドロテアと目を合わせ、ニコと笑った。
『ま、好みは人それぞれだ。皆が良い良いと言ってもな、それだけはわからん』
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「ラーシュ。来たぞ。ドロテアさまだ」
「あ~、来ちゃったのかい、、、」
「そのフィンガーボウルに手を突っ込んで、イワシの油を取って!」
「はいはい」
ポチャン バシャ
「お前、いやに落ち着き払ってるが不安はないのかい?」
「は?不安て?」
「これからの事だよ」
「ベッドに寝てればいいんだろ?」
「は?」
「たぶん俺、寝ちゃうからさっ」
「ドロテアさまは寝かせてくれんぞ!」
「いや、寝る」
「あ~まあ良い。ドロテアさまがホールでお待ちかねだ。早くその手を拭け」
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スタスタスタッ
「お待たせ致しました!これ!小奴がラーシュでございます!」
『お初にお目にかかりますわね。ラーァシュッ』
「おいラーシュ!!顔をあげろ!あげて返事を!」
テオドールが下を向いたままのラーシュを促した。
ラーシュはゆっくりと顔を上げると、ドロテアの顔を一瞥してすぐさまそっぽを向いた。
「おい!ラーシュ!なんだよ!その態度は!」
テオドールはラーシュの顎を右手で掴むとその顔をドロテアの前に向かせた。
『おいおい、テオドール。手荒な真似はするんじゃないよ』
テオドールは、ラーシュの顎からサッと手を離した。
『ああ、待て待て。テオドールや。そのままそのまま。顔をこちらに向けといてくれ』
ドロテアはラーシュの鼻先まで近づくと、自分の鼻先をその鼻につけた。
『いい男だのう。よしよしラーシュや。準備は万端かい?』
ドロテアの発した言葉の息が、空気の塊りとなってラーシュの鼻の奥まで吸い込まれた。
吸い込んだ息が喉の奥、舌の根っこに届くと鉛中毒の錆びの臭いが肺の道を降りていった。
「万端です!」
ラーシュはその息を吐き出すように大声で返事をした。
『おやまあッ』
今度はドロテアが下を向いて顔を赤くした。
「では、ドロテアさま。ご一緒に。お2階。ラーシュの部屋へ」
テオドールがドロテアの手を引いた。
『ヨーセス、ヴィーゴ。お前らはその部屋の前で見張りをせい』
「はい!」
『それから、私の愛しきこの城の男たち。夜も遅い。他の者はもう寝るように言いなさい』
「かしこまりました。お邪魔せぬよう皆、部屋に戻らせます」
『ランプを消して、ぐっすりと寝るように』
「ドロテアさまはラーシュの部屋。ランプの仄かな灯りの元で、ゆっくりとお楽しみくださいませ」
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「やはり、あの部屋にドロテアが入っていったということですか?」
「他の部屋は灯りが全て消えましたね」
「薄明かりが好みのドロテアだ。間違いない」
「その部屋がサファイヤリングの部屋とは、、、」
アグニア、ハッセ、ハラルの3人は、ナナカマドの木にもたれ、北側のラーシュの部屋の窓を見つめていた。
画・童晶




