60~厨房にて・男の匂いプンプン
『これでいいのか?』
「ああ。しかしお前は凄い身体をしているな」
『毎日、鍬や肥料を抱えてたからな。庭や畑、羊も心配だ』
「はち切れるな。そりゃあボタンも閉まらぬはずだ。 あ、そうだ。ちょっと待ってろ」
ニルスは螺旋階段を駆け上がると自分の部屋から銀のペンダントを持ち出した。
「ラーシュ! これを首に掛けてみろ」
『はぁ? まだ締めつけるのかい?』
「いいから、いいから」
そう言うとニルスは、ラーシュに頭を下げさせ、その太い首に掛けた。
「ほら」
『なんだい?これは?』
「錨だ。銀細工の錨のペンダント」
『なぜ持っている?』
「ほら、俺は操り人形師だろ。小細工はお手の物だ。ドロテアが残していった欠けた銀の器を溶かして作ってみたんだ。なにしろ食事以外にすることが無いからな。ハハッ。くれてやるよ」
『見事だな。けど息苦しくなったら外しちまうぜ』
「しかし、美しい胸元だな。そのペンダントをすると尚更だ。男からみても色っぽい」
『なにを言ってんだい。俺は男に興味はない。そんなこと言われても気持ち悪いだけだ』
「いや、男の匂いがプンプンするよ。雄の色気が漂う。いい香りだ」
この地方ノルウェー、スカンジナビアの北東バルデ。
その寒さで暮らす者、体を洗うという習慣がなかった。汚れた体はその泥を拭いて落とすだけ。
体臭は動物のそれとなんら変わらない。
町からここに収監されたニルスにとって、ラーシュの体臭は獣同然であった。
『どうでもいいからさっ。早く飯の支度をするんだろ?』
「あ、そうだった。見とれている場合ではなかった」
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「竃には火をつけて置いたから、その上に鉄板を乗せてくれ。熱~くなったら、そのニシンを焼く。一緒にビスコットも温めよう」
ラーシュは二枚に下ろされたニシンの尻尾を掴むと、鉄板の上に置いた。
ジュッ~ッ
『ほ~、いい匂いだ』
「そうかい? 俺はお前の匂いの方が好きだなっ」
『バカか?』
ラーシュはニルスに背を向けると、ヤンの寝ているゆりかごをポン!と突いた。
「お前。尻もギュッと締まってるな」
『なんども言わすな。鍬と肥料のせいだ!』
「まるでホールに置いてある彫刻のようだ」
『ブツクサと余計なことを言ってると、魚が焦げちまうだろ!』
「ここに来た者は、お前ほどではないが、城に入って来た時は、皆いい身体をしていた。しかし、至れり尽くせりで、なにもすることがない。身体を鍛えてもな、見せびらかす女はいない。怠惰になる。太らずとも筋肉は落ちてゆく。銀細工でもて遊ぶのが精々だ」
『仕方ねえよな』
「だからな、それが衰えない内にすっ飛んで来るんだよ。ドロテアは」
『皆んな、頭がおかしいな』
「ハハッ! 魚と一緒さっ! 腐らぬうちの初物!」
『このニシンは、漬けてあったんだろ? 古くても美味いじゃないか』
「あ、早く!裏返して!」
『さっき着直したろ?』
「服じゃないよ!! さ・か・な!!」




