58~凍りつくヨダレ
赤い日が赤紫に変わりつつあった。
東の空の紺色が星を浮き出させ始めた。
ヒヒヒ~ンッ!
先頭の馬がピタと蹄の歩を止めると、その惰性で幌馬車がゴロと動き、3頭の馬との距離を詰めた。
赤い靄が馬車の横を抜け後輪へと流れていった。
「ドロテアさま。着きました」
『よっこらしょ。っと』
ドロテアが椅子から立ち上がろうとすると、両脇にいたヨーセスとヴィーゴがその腕と腰を支えた。
『おい、年寄り扱いをするんじゃないよ』
「あ、失礼致しました」
2人はすぐさま手を離した。
するとドロテアは、よろけて椅子の上にもんどりうった。
ドンッ!
「あ!大丈夫でございますか?!」
『大丈夫だ! 長く座り過ぎただけだ!』
ヴィーゴは笑いに耐えられず後ろを向いた。
『ちょいと手を貸せ』
2人はドロテアの両腕を引っ張った。
その光景を見ていた3頭の馬上の男たちもまた、笑いを堪えられなかったのかそれきり前を見たままだった。
ヴィーゴが馬車の横ドアを開けると、ドロテアは地面にまで着く長いスカートの裾をたくし上げた。
後から降りてきたヨーセスがその後ろを巻った。
ヴィーゴがいつもの口元を隠す扇を渡すと、ドロテアは暗いからいらぬとばかりにその手を振り払った。
「ドロテアさまの参上だ!」
ヨーセスが声を上げた。
すぐさま駆け寄って来たのはミカルであった。
「長旅ご苦労様にてございました。お疲れのご様子はございませんか?」
『大丈夫だ。それよりもラーシュだ。無事この城の中に閉じ込めたかい?』
「はい。無事に。あとはテオドールが上手くやってくれていると思いますが、少々気性が荒く手を焼きました上」
『子も一緒だろ?』
「はい」
『なら、大丈夫だ。そう易々(やすやす)と手出しはできぬはず。それよりもラーシュとやらの顔、それから背格好は?』
「それはそれは、この城の中の他の男たち、いやいやヨーセスやヴィーゴ、我々たちと比べても格段上の美男」
『ほほう。それは楽しみだ。しかしお前も嫉妬をしないのう?』
「え、あ、ま、そのぅ、、、」
『ハハッ!まあ良い。それよりも早速扉の鍵を開けてもらおうか。ウシシッ』
横にいたヴィーゴがドロテアの口元を、持っていたハンカチーフでサッと拭いた。
「ドロテアさま。ヨダレが凍りつきますよ」
『フン!』
「扇を持っておいでになった方がよろしいかと」
『フン!貸せ!』
ドロテアは集まっていた警護の20の鉄兜達にそこで声を掛けた。
『いつもならお前らも城内に入ってもらうのだが、今日は特別の獲物。ここで見張りを頼む。
ミカル、お前もだ。中に入るのは、ヨーセスとヴィーゴ、それにあの3人』
そういうと幌馬車を引っ張って来た馬上の3人を指さした。
『5人もいれば大丈夫であろう』
「今夜は楽園を独り占めってわけですね」
ヨーセスが笑いながら言った。
※昨日投稿
第57~「来た!ドロテアさま」にまたまた挿絵を掲載致しました。
宜しかったら是非ご覧になってください。




