57~来た!ドロテアさま!
画・童晶
その夜の事だった。
深く沈み込む赤い日。落ちきれない太陽が地平線の上に半分顔を出し、ユラユラと揺れていた。
北東バルデの日は長い。まだ薄明かりの残る宵であった。
夏場とはいえ急速に冷え込む極北の大気は、薄っすらと生えた芝に見る間に霜柱を立てた。
砕かれた溶岩の地面には、夜の日に照らされゆっくりと流れる赤い靄が立ち始めた。
ゴリゴリ ジャリ ジャリン ゴツゴツ
車輪が霜柱を踏みつけて行く音。
赤い靄が、砕けた銀の氷を包み込みながら両側に開いていく。
ーーーーーーー
「ミカルぅ~!!聞こえるか! きっとドロテアさまの馬車の音だ!」
「聞こえる、聞こえる。お出でになった」
城壁の外の小屋。ミカルと連れの2人は冷たく変わる空気の中を、足を震わせ待っていた。
「鉄兜の奴らは?」
「もう扉の前に集結してる!」
「いつの間に?」
「本当に口も開かねば、音も立てぬ奴らだ」
ミカルたち3人と馬上の鉄兜の20人。
城壁扉の前に立った。
遠く地面の下を這う赤い靄。少しずつ星を生み出す濃紫に変わりつつある空。
幌の周りにいくつもの鯨油のランプを携えた黒光りの馬車は、みるみるその影を大きくした。
その後ろは二手に割れながら消えてゆく靄。
城壁の扉の前。道をつくるように両側に10頭ずつ。
騎乗した鉄兜たち。
対面した馬の吐く息が、ドロテアを向かえるようにその道を温めた。
ーーーーー
「ドロテアさま。城の壁が見えて参りましたよ。遠くに馬の息が白く沸き立っております」
『おうおう、大袈裟な出迎えだ』
「ドロテアさまのご入場ですからね。それに一年ぶりでありますから」
ヨーセスは次々と面前に迫る靄を、手で払い避けながら言った。
『ミカルたちはラーシュとやらを上手く城に仕舞い込んだであろうな?』
「あの者達がおるということは、たぶん」
『どんな男であろうなぁ?』
「あ、そんなことを申されますと、私。嫉妬してしまいますからおやめください」
『ハハッ。妬きもちくらい妬けと言ったから言ってるんであろう?』
「いえいえ滅相もございません。なっヴィーゴ」
「当然でございます!」
「あっ!そういえば、、、どうするんですかね?」
『ヴィーゴ。なにがだ?』
「この下」
『下?』
「アグニアの婆さんです」
『ああ、まだこの下のバケットにおるんだったな。オーロラを見たいとか言っていたが、まっ放って置けばよい。城の中に入れるわけではないし、それにここには沢山の護衛がいる。ちょいとしたいたずらも出来ん』
「それもそうですね。いてもいなくても関係ないババアですし」
『そんなことより、ラーシュだ。ラーシュを見たいのだ。そのためだけに遥々(はるばる)来たのだからな』
「到着~!」
「ドロテアさまのご到着で~す!」
幌を引っ張って来た3頭の馬。手綱を引かれ歩を止めた。
星空に変わった空。蹄の音が止まった。




