56~鉄兜とミカル
マウリッツ城の壁の外。
夜が明けた。暖炉の小屋に寝ていたミカルと連れ2人。目が覚めた。
ラーシュを無事ここに送り届けた安心感からか、ぐっすり眠れたようだった。
「ミカル。今夜辺りだろうな。ドロテアさまが訪れるのは」
『ああ、間違いなくな』
「夜しか来ないからな」
『昼間じゃ明るすぎて、初物の男には見られたくないんだろうな』
「たぶん」
「じゃ、早めに奴らに伝えた方がいいな」
『もちろん。奴らにはここに囚われた男たちが逃げ出さない様に、見張っていてもらわねば困るからな』
「朝飯は奴らに頂くか?」
『あれ?来たぞ。奴らだ!』
「ミカル、当たり前じゃないか。奴らがこの城の中の男たちに飯を運んでいるのだから」
『おーおー、担いだ桶から湯気が湧き立っている。今日の献立はなんじゃらほい?ここまで良い匂いがしてくるぞっ』
20人の大所帯。こんなに朝早いというのにすでに鉄兜で顔は覆われていた。まだ霧の残る冷たい空気の中、馬の背に揺られゆっくりと城壁伝いを進んで来た。
『おいおい! 待て待て! 城の男たちの朝飯かぁ~?!』
ミカルがその鉄兜の群れに叫んだ。
先頭の者が、大きく首を縦に振り、コクリと頷いた。
『お前らは、本当にいつもしゃべらんなぁ』
そう言うと、ミカル達は桶の中を覗き込んだ。
「おーおー、美味そうじゃないか! ホカホカのパイにぃ、卵のぅ、、、ピクルスかい?」
『おい!少し残るかい?その飯。俺たちにも、少し分けてくれ。3人分だ。』
先頭の鉄兜が首を横に振った。
『ケチだなあ。少しくらい良いだろう?』
ミカルが卵に手を伸ばすと、その先頭の鉄兜が、持っていた槍の柄で馬上からミカルの手首をパシと叩いた。
『痛ッ! この野郎ぅ!』
ミカルは槍の柄を掴み取ると、鉄兜を馬の上から引きずり降ろそうと手前に引っ張った。
『んぐぐ~んぐ!』
しかし、降ろすどころかミカルが釣り上げられそうなくらいの力。
鉄兜はビクともしなかった。
『ハアハアハア、、、まあ良い、、、』
恐れを抱いたミカルは、すぐさま槍を放した。
『お前ら!たぶんだが、今日の夜!ここにドロテアさまがお見えになる! いつもの通りにやってくれ! ドロテアさまが城内に入ったら、外鍵は閉めれぬ上、男たちが逃げ出さぬように見張るんだ。わかっておるな! わかったら「はい!」と言え!』
20人の鉄兜は、首を縦に振った。
(こいつら、口がきけぬのか? まったくぅ)
頷いた集団は、焼き立てのパイの香りと蒸気を漂わせ、ミカル達の目の前を通り過ぎると城壁の扉の東側に馬の歩を進めた。
霧とパイの湯気の中、壁の下に置いてあった長い梯子を皆で立てると、撓った梯子は大きく揺れた。
ゴンン!と壁に立て掛けると、その先は城壁の上まで届いた。
10人で梯子の下を支え、残りの10人が一人ずつ梯子を駆け上がった。
配置に付いたところで、下からリレー方式で桶を手渡していった。
桶には縄が縛り付けられていて、一番上の鉄兜がそれを城壁の内壁伝いにゆっくりと下ろしていった。
その様はみっちりと訓練を受けた兵のようにテキパキと、段取りを踏んでいた。
内壁に下ろしていった一番上の力持ちは、ミカルに槍を突き付けた鉄兜だった。
到底、馬から引きずり下ろすなど不可能な相手だった。




