52~タラとレーズンのパイ
一階のホールの北側に大広間があった。
「ラーシュ。こっちだ」
手招きしたのはテオドールであった。
その広間の天井にはラーシュの部屋にあった物の3倍ほどの金襴豪華なジャンデリアが3つ、鈴なりになって吊り下がっていた。
中央には一枚板を3つ繋げた白檀の香りのする長テーブル。裕に20人は座れる。4隅にはローマ帝国時代の名残りのような人体彫刻が置かれていた。
『どこに座ればいい?』
「僕の横はやだよ!」
人見知りをする子なのか、一番小さい男の子が真っ先に声を上げた。
「わかった、わかった。ラーシュとヤンは新入りだ。今日は一番の上座。奥の席に座ってもらおう。そうすれば皆の顔もよく見えるであろう。他の者は向かい合って」
テオドールが指図した。
『え、あそこ?』
「今日だけだ。辛抱しろ。ハハハッ」
『テオドール。ちょっと喉が渇いているんだ。先にこの水をもらうよ』
ラーシュは自分の席まで行くと、立ったまま水の入った陶の器を手に取った。
ゴクッ
「ぁ~!あ~!おいおい! それはフィンガーボウルだ!」
『なにそれ? あ~美味い!』
「食事中に指先を洗う水だ」
『どういうこと?』
「だから、手が汚れた時にな、第二関節までを静かにそれに浸けてだな、、、」
『ハハッ!わざわざ?食べてる時には手は汚れるものだ。いちいち面倒だなぁ』
そう言うとラーシュはその椅子に座った。
『それにしても、これが朝飯かぁ? 産まれてこの方こんな物食べたことがないよ』
目の前のテーブル。
タラの燻製とレーズンの砂糖漬けをシリゴの小麦に包み込んだバターいっぱいのパイ。
レモン果汁に漬け込んだ卵のピクルス。フルーツの搾り水。
『これは酒では無いんだな?』
「ああ、酒はご法度だ。性格が一変するのをドロテアは嫌うのだ」
「では、一人一人紹介を」
ニルスが言うとテオドールが止めた。
「よいよい、食事にしよう。そのうち名は覚えるさ。ま、皆んな色男で区別しにくいがな。ハハッ」
『そう言えば、テオドール。その前に。ミルクがあるんだろ? 先にヤンに含ませたいんだ』
「ほれ、その目の前の銀の瓶に入っているよ。人肌にしてある」
「僕らのは冷た~いんだよ!ヤンのだけは温かい!」
一番遠くに座っていた人懐こそうな子が言った。
ラーシュの頬が少し緩んだ。
「食べよう」
そこからは皆、夢中になって皿の上のパイをほおばった。
ラーシュはヤンにミルクを与えると、自分もパイを口にした。
お腹が空くような気分ではなかったが、あまりの美味しさにガツガツとかぶりついた。
(あ~、こんなに美味しい物。アデリーヌにも食べさせてあげたかった)
と、ラーシュの手が止まった。
(違う!おかしい!違うんだ!アデリーヌが捕らわれたせいで、俺がこんなものを食べているなんてどう考えたっておかしいのだ。腹が減って、目の前には豪華な料理。欲にくらんでいる場合ではない!)
ラーシュは口に含んでいたパイをテーブルの上に吐き出した。
『こんなもの!!食えるかぁ!!」




