5~かかあ天下
「なんだ。連れて来ちまったのかい」
ヘルゲ男爵家の小屋。それはこの地方には欠かせない暖炉用の薪小屋。
背丈ほどに積まれた細い丸太。その白樺の皮が床一面に零れ落ちていた。
この薪を割るのは、若く威勢のいい石畳通りの商人。週に一度の当番制で代わる代わる男達がやって来る。 その男達はドロテアの餌食という噂だが、彼らは一向に口をつぐんだままだ。
現れたのはドロテア。その背後にヘルゲ男爵。
クリノリンに巻かれたサテンの赤いドレス。両肩から胸元は輪を描いた様な黒いウール。
爪の大きさの真珠が首の周りを取り巻いていた。
背中まで伸びた真っ黒な巻き毛。
病的なまでの美白の顔。しかしそれは特権階級に許された化粧。
その水銀と白鉛は皮膚に大きなシミをつくった。それを見せぬ為、右の頬には黒い付けホクロ。
紫の鉛の口紅は舌の奥まで滲み込み、歯を黒ずませボロボロにする。
いわゆる鉛中毒。
それを隠す口元にはいつも、鳥の羽の扇をあてがっていた。
「なぜ捨てて来ぬ!途中海ならいくらでもあったであろうがっ!魔女をここに連れて来いなど誰が言った!」
「え、あ、あのぅ。ヘルゲ男爵殿が、、」
兵の一人が言った。
「ん? ヘルゲ?お前何か言ったのかい!?」
「いや、俺はなにも」
「あれ?ヘルゲ殿。顔立ちの綺麗な女なら、一度ここに連れて来いと」
「ん?言ったか? この俺が? ん?」
「フン、お前の言いそうなことだ」
と、ヘルゲはドロテアの言葉が耳に入らなかったのか、捕らわれた若い魔女の前に立った。
「名は何という?」
『アデリーヌ』
「ほう、好い名だ。高貴という意味だな。」
ヘルゲは右の人差し指でアデリーヌの顎を撫でると、その指でクイと上を向かせた。
「ほお、美しい女じゃないか。見た事もないほどいい女だ。殺すにはもったいない」
ギュ~
「おい!ドロテア!何をする!」
「お前の目ん玉見えぬようにしてやろうかい!」
ドロテアは亭主ヘルゲの高いシルクハットを顔ごと首まで押し込んだ。
「おい!お前ら3人!このドロテアの方が美しいのう?!」
「お、それはもちろんでありますよ。この世で一番お美しい」
「では、お前ら3人!この女。捨ててまいれ!」
「おいおい、ドロテアぁ。待ってくれぇ。今、うちには調理番の婆しかおりはせん。そろそろ次のメイドを探さんと、、丁度良いではないかこの女。俺が面倒見るから。なっ」
「抜け目ない。好きにしろ。ただな、この家からは一歩も出すな。魔女を飼ってるなどと街の奴らに知れたら大事だぞ!」
「いいのか!この女、ここに置いて!」
「お前の好きにすればいいさ。元々が魔術使いは言い掛かり。この3人の兵に口止め料を払っておけ。お前の小遣いからな。ハッハッハッ」
「あ、ドロテアさま。それと。」
「なんだ?」
「この女の亭主の件ですが」
(やってることは同じではないか)
ヘルゲは思った。
画・童晶
※クリノリン
鯨のヒゲや針を輪状にして組み上げた下着。
スカートを膨らませウエストを締める為のもの




