48~眠れぬラーシュ
極北のマウリッツ。元々ここは人間にとっては死の世界。
夏場でもわずかな木と丈の伸びない草が生えるだけ。動物さえも稀なこの地域は魔物たちの終の棲家と言われていた。
夏の数か月を除いては、氷と雪に覆われる。
そこに城を築いたイブレートは北の神とされ、多くの貢ぎ物を授かった。
それゆえ、北の果ての大地にも少なからず人は行き交った。
行き交った者はもちろん高価な品々を携えていた。
海賊や盗賊はそれを狙った。
ラーシュは眠れなかった。
端から眠る気などはなかったが、横になったものの、羊毛のベッドは身体をくすぐった。
枯れ草で幼い頃から眠り続けたラーシュには性に合わない。深く沈み込む枯れた葉は冬眠する熊の居心地。
それは敷布にもなり、掛布にもなった。
窓から注ぐ淡い月明かり。そこに映る部屋の壁には、バシネットと呼ばれる鉢形の兜。コイフーという鎖帷子。それらが飾り付けられるように、トナカイの角の剥製に掛けられていた。
農奴という身分。土地に縛られ移動の自由や職の選択を許されないラーシュにとっては初めて目にするものばかり。落ち着いて眠れるわけもなかった。
もちろん一番気になることはアデリーヌのことであったが、今はゆりかごに収まったヤンもいる。
考えることは無限にあったし、この城がどうなっているのか、ここに住む男たちは何者?飲み水はどこから?
農奴であったラーシュは、色々な知識を持っていた。
凍った食料は体力を奪うこと。それは身体の中で溶かす熱が必要になること。
しかし、ここでは湯気立った食べ物を運び込んでくれるという。誰がそんな手間をかけているのか。
トナカイの肉は狩猟と分かるが、豚や羊、どこかで飼っているのだろうか? この地で飼えるのか?
北の動物は体温を維持するために体が大きい。セイウチや白熊、トナカイ。一頭撃てば当分の食糧はいらない。北東バルデなら保存も可能だ。それをわざわざ、魔女狩りで捕らえた妻から引き裂いた男たちの為にということが不可解でならなかった。
男を食い物にする為に、金と人を注ぎ込むドロテアという男爵夫人。
考え出すと限が無かった。
寝付けないラーシュは、ヤンが寝ているゆりかごを人差し指でポンと揺らすと、部屋に籠る密閉された恐怖に再び窓を開け放った。
凍えるような空気がまた足元から忍び寄った。
一階のホールの二つの暖炉に暖められた空気は、二階まで上がって来ていた。
下からの熱はラーシュの部屋の床をも暖めていた。それがいっそう窓の外の空気の冷たさをラーシュにも感じさせた。
アデリーヌのことばかりを考え、頭の中は裁判所だったはず。助け出そうとしていたことでいっぱいだった。
開けた窓から見えたのは城壁。
その白い内側の壁に、立ち込めた動く霧。そこを照らす月明かり。
作り出した陰影が、アデリーヌの顔を映し出したようであった。
『ああ、愛しのアデリーヌ』
※第一話『ドロテア』にこの小説の表紙絵を掲載しました!
また拙い絵で、これから書き込もうとしています。
中途半端ですが、宜しかったら是非ご覧ください。
いつもお読み頂きありがとうございます!




