43~ゆりかごスヤスヤ
『ほう、これは古いゆりかごだな。何か木の皮で編んである。誰かが作ったのかい?』
ラーシュはニルスに聞いた。
「古い古い。俺たちではないよ。テオドールに聞いたことがあるが、ここに来た時には置いてあったらしい」
『どこの部屋にも?』
「二階の部屋にな、7部屋だ」
『おかしくはないかい?ここの城には多くの子がいたということになるぞ?』
「そう言われればそうだが」
『最初にここに入ったのがテオドールってこと?』
「そう。二階の全ての部屋にあったらしい」
『こんな大きな城に、テオドールはしばらく一人で暮らしていたんだ』
「みたいだな」
ラーシュはヤンを胸元から離すと、そのゆりかごに乗せた。
天井から吊られた紐を少し揺らすと、あっという間にスヤスヤと睫毛を閉じた。
『いつもは俺の身体から離すとギャーギャー泣くんだけどな。気持ちいいのかな?』
「ボロボロのゆりかごなのにな。ここの子はこれに寝かすと皆不思議と大人しくなる」
「あ、そうだ、ラーシュ。ここは城の一間だからな、ドアに鍵はない。開けようと思えば誰でも開けられるが、ここにいる者は勝手に開けるようなことはしない。ただ、ドロテアだけはノックもせずに開ける」
『え、この部屋にドロテアが入って来ることがあるのかい?』
「ある。察しろ。さっきテオドールも言っていただろ。そういうことだ」
『いつ来る?』
「いつ?それはわからない。ドロテアの気分次第。ただ、近いうちに来ると思う。新入りが入るとな、必ず品定めに来る」
『品?俺のこと?』
「そう、お前は高級品だ。俺が見てもそう思う。ハハッ」
『逃れる手はないのかい?』
「まず、、、ない」
『チッ!』
「疲れたろう? 俺はお邪魔するよ。今夜はゆっくり休め。明日の朝飯は俺たちで取りに行くからそれまで寝ていろ。準備ができたら呼んでやる」
ニルスは部屋から出て行った。
ラーシュは、その部屋の北側、両開きの木枠の窓を開けた。
冷たく凍える風が一気に床に這った。
外を見ると、切れたはずの霧がこの北側だけまだ蔓延っていた。
庭の様子はわからなかったが、空は星の地に黒。透き通るバルデの大気は、空に群がる星々を全て映し出しているようだった。
ゆりかごの中を見ると、何事もなかったように眠りに更けた、ヤンの寝息が聞こえた。
(この子はこれから、外の世界を一度も見ることなく一生を終えるかもしれない)
開け放した窓からは、ラーシュの悲鳴と泣き声が一晩中聞こえた。
その声に起こされた庭のヤギが、メエメエと答えていた。




