4~裸足のラーシュ
ラーシュは芋畑を踏みつけると、バルデのなだらかな丘を駆け下りた。
追いかけて来るのがヘルゲの手下に見つかればアデリーヌ共々命取りだ。
彼は先の様子を窺いながら、彼らに見えぬと分かると一目散に走った。
勢い余り、履いていた木靴の踵がポキと折れた。
「ええい!こんなもの!」
ラーシュはその場に座り込むと両の靴を脱ぎ捨てた。
それを放り投げて立ち上がると、眼下にバレンツの荒波が広がっていた。うねる波音と吹きおろしの風の音が鼓膜に響いた。
彼はその風の後押しを受け、海に吸い込まれるように丘を下った。
漁村の家々の屋根が見え始めた。そこからは潮風に欠けた石の階段が漁民の通りに下って造られていた。
裸足のラーシュは一つ置きに飛び降りた。
「いないか、、」
すでに通りに人影はなく、翌夜中の漁を控えた漁民たちは昼間から寝静まっているようだった。
「おや?その格好はこの上の農夫かい?」
通りの一軒の荒んだ家。その扉が開いた。
アデリーヌが手作りした花柄刺繍の濃緑のベスト。ハーフのズボンとその下の茶色いタイツ。
それらは農作業の土と汗にまみれて解れ色褪せていた。
「ここを通ったであろう? ほれ、馬に乗った奴らだ」
「女を乗せた3人組だな?」
それは腰の曲がった鉤鼻の老婦。漁網の修繕中だったのか鍵張りを片手に顔だけ出した。
「そうだ。どこへ行った?知らないか?」
「この通りをな。南へ」
「南?」
「おう、そうじゃそうじゃ。もしかして、、まあ、家に入りなさい」
ラーシュは老婆の手招きに誘われ、強い魚の臭いのする部屋に入った。
「ほれ、この子はもしや?」
「あ!ヤンだ!」
「静かにおし。すやすやと眠っておる」
「婆さん。どうしたのだ? この子をどこで?」
「うちの家の前に放ってあった。ギャーギャーと泣いておる赤子の声が聞こえたので、戸を開けたらの」
「捨ててきおったな」
「お前の子なら連れてお行き」
「当たり前だ!連れて帰る!」
「ほれ、目を覚ます。静かにしなせえ」
アデリーヌと同じ淡い栗毛の髪、閉じた睫毛のなんと長いことか。
ラーシュはすぐにでも抱き上げたかったが、さんざん泣いた後かと思うと、しばらくはその寝顔を見つめるだけにした。
「女房を連れ去られたのかい?」
「ああ」
「あいつらはヘルゲの手下どもであろ?」
「らしいな」
「つまり、魔女狩りの憂き目に?」
「らしい」
「魔術でも使うのかい?」
「そんなもの! 俺達はただの農民だ!」
「ほれほれ。そんなに大声を出すんじゃないよ。ヤン? ヤンの坊やが起きてしまう」
婆さんは持っていた鍵張りを赤子の胸に当てると、二言三言何かつぶやいた。
「起きたら連れて帰りなせえ。時期に目を覚ますと言うておる」




