37~「キルケ。店を開けちゃうのかい?」
「アデリーヌ。朝飯を持って来たぞ」
朝とはいえ、ヨーセスの店の地下。真っ暗だ。
キルケとイワンの仲間。トールという男が右手にランプ、左手に鮭の切り身がのったパンを持って階段を降りて来た。
「お腹は減ったかい? 眠れたかい? 椅子に座ったままってことは寝てないな?」
『あなたは、昨日の人達のお仲間?』
「ああ、キルケとイワンのな。そんなことより、まあ食べろ。俺が作ったんだ。うめえぞ」
『いりませんわ。食べる気にもなりませんわ』
「そういわず」
トールは皿の上のスプーンで鮭の身をほぐした。
「ほれ、アデリーヌ。あ~んしてみな」
アデリーヌはすぐさまプイと横を向いた。
『いらない!』
「かわいい顔して気は強いな。食べないとラーシャ?だっけ。旦那にも会えないぞ」
ドンドン!ドン!
「おーい!ヨーセス!ヨーセスはいるかぁ!店を開けろ~!」
「あれ?誰か来たな。店が閉まってるのがわからんアホたれだな。知らん知らん!」
『開けなくてよろしいんですか?』
「俺の店じゃないからな」
トールはアデリーヌの朝飯のパンをムシャムシャと食べながらそう言った。
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キルケとイワンが、ヘルゲに『アデリーヌを捜せ!』と命じられ、館の庭から、石畳の通りに降りて来た時だった。
「あれ?キルケ。ヨーセスの店の前。なんだあの人だかりは? 」
「朝だというのにどうしたんだ? 客か?」
「身なりが」
「貴族だ」
「おーい!店を開けろ~!わざわざベルゲンから来たのだぁ! タリエ侯爵の使いの者だ!」
「ベルゲン?あの大きな港町のベルゲン?」
「タリエといえば、もっとも王に近い男」
「どうする?」
「どうするって、ヨーセスはいないぞ」
「ま、行ってみよう」
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「あれあれ、皆様お揃いで。どうされましたか? わたくしはこの店のヨーセスの親友キルケと申す者」
「なんだ、お前。ヨーセスの連れの者か。ヨーセスはどこに行った?」
「どこにと申されましても、しばらくは戻ってまいりませんが。どういったご用件で?」
「どういったも何も、タリエ侯爵の使いでな。買い物をしに来たのだ」
「なにかお求めになるお品でも?」
その男は手下らしき者の持っていた大きなカバンを指差した。
「なにをという物はない。タリエ侯爵からな、このカバンに入っておる金。全部ここで使い果たしてこいと言われたんだ」
そのカバン。手下の両腕を広げても抱えきれぬ大きさであった。
「え、そんなにぃ? ここは留守番のわたくしが店を開けねばなりませんね。ヨーセスも喜ぶことでしょう」
「は?お前留守を任されていたのか! それを先に言え!」
「キルケ、店を開けるって?そんなことしていいのかい?ヨーセスにバレちまうじゃないか」
「イワン、見たかいあのカバン。俺たちが死んでまた蘇ってもまだ使い切らぬくらい入っているぞ」
「なんだよ。山分けってことかい? 売り飛ばして金ふんだくって、トンズラするつもりかい?それは不味くないかい?」
「お前に言われたくないんだよ。昨夜お前、店の帰りがけ。棚の指輪をポケットにねじこんだろ?」
「、、、ああ、見てたんだ、、」
ドンドン!
「おーい!開けてくれ~!キルケだぁ!トールはいるかいぃ?鍵を開けてくれぇ!お客様がお困りだぁ!」




