34~井戸は氷が張っていた
『お~、ペトラ!待っていた!待っていた!』
「あら、そうでしたかな? お腹がお空きにでもなられましたか?」
ペトラとはヘルゲ男爵の料理番の婆さん。
あのキルケやイワンと手を組んでいた婆さんだ。
昨夜は遅くにヘルゲの家を出て、今日は昼飯作りからのお出ましだった。
『えらいこっちゃ!えらいこっちゃ!アデリーヌがおらんのだ!
「アデリーヌ? あの薪小屋に縛り付けられた魔術使いの女?」
『そうだ!そうだ!わしのアデリーヌが小屋から消えたのだ!』
「わしの?」
『そうじゃ、そうじゃ。昨夜はわしに添い寝をするはずだったアデリーヌだ。知らんか?』
「知りませんがな」
『そういえばお前。昨夜帰りがけに洗濯物と井戸の様子を見て帰ると言ったが、わしの服が物干しに掛かったままではないか!』
「オホホ。井戸に気を取られて忘れておりましたわ」
『、、、わしが今朝取り込んだよ』
「あらそれは、ごめんなすって」
『お前、昨夜は小屋に入ってはおらんよな?』
「めっそうもございませんわ!私は鍵を持っておりませんのよ」
『ん~、確かに。ではドロテアの奴、鍵を掛け忘れて出て行きよったんかのぅ?』
「ドロテアさまに限って、、ありえませんわ」
『昼飯はいらんから捜してくれんか?アデリーヌを』
「この辺りはもう全部?捜しました?」
『もちろんだとも!』
「よろしいですわ。お捜ししましょう」
「しかし、この辺りにいないとなると、どこか遠くへ?」
『そんなに遠くには行けはせんて』
2人は四方八方、町中まで降りて捜したが分からず終い。とうとう諦めて館に戻るとペトラは洗濯を始めた。太陽は真上に昇っていた。
「ヘルゲ殿~!ヘルゲ殿~!こちらへ!こちらへぇ!」
『ん?どうした?ペトラ!』
「井戸に!井戸の底に!」
ヘルゲは井戸を覗いていたペトラを右手で叩くように押しのけると、自分もまたその穴を覗き込んだ。
『ありゃ!あれは?!あれはアデリーヌの着ていた服!赤と青!それに!花柄刺繍の農民着!飛び込んだのか?!』
「そのようですわね、、」
『しかし服だけのようだが、、』
「身体だけ沈んでしまったのではないですか? 服だけ浮いているとか?」
『わぁ~!わしのアデリーヌや!なんたること!』
「魔物が住む井戸になってしまいましたわね」
『ん?ちょっと待て、、おかしい。そういえば今朝。覗いたのだこの井戸。ほれ、昨夜お前が井戸の水が汲み上がらんとドロテアが言っていたと。今朝気になって覗いたんだ。わしも知らぬ存ぜぬではな、またドロテアに怒られるからな』
「で?」
『まだ朝の日が斜めでな。底の方までよく見えなかったんだが、石を落としてみたところ、パキンッとな。氷に弾き返された音。汲みあがらん原因はこのところの冷え込みだ。まだ凍っておると思うよ。ほれ!』
ヘルゲは足元の握り拳大の石を井戸の底に投げつけた。
パキン!ポ~ン!
『ほれまだ凍っておるよ。だからアデリーヌは落ちてはいない。底にあるのは服だけだ。』
「て、ことは生きている?」
『素っ裸でうろついている、、ということだ』
「そっちですか!?」
ヘルゲ男爵の館の井戸
絵・童晶




