3~ヘルゲの館
ヘルゲ男爵家はラーシュの家からは30キロ。
バレンツ海岸沿いに南へ進む。
そこからはフィヨルド。暖流のノルウェー海流がこの地にしては暖かい風を運ぶ。
気候は不凍結の港を生んだ。
ラーシュの住むバルデの漁村とは違いサーミ人やノルウェー人が混在する港町。
石造りの通りには多くの露天が並び、ヤギに跨る行商人が行きかう。
その人々のざわめき声が、この街を更に賑やかにしていた。
「あっ!黒馬だ!」
「おい!どけ!どけぇ~!どかぬと魔女の気が移るぞ!」
「またバルデの女か!」
石畳の商人達はその馬に跨った女の顔を、軒の下から覗き込んだ。
女の頭には、薄汚れた青の頭巾。そこからは艶のある栗色の髪が垂れていた。
その髪の間から見える瞳は青く、肌は透き通るように白い。
ブーナットと呼ばれる山岳サーミ人の赤と青の農民着の肩口には緑や赤の花柄の刺繍。それは女の出身を明らかにしていた。
商人達は呟いた。
「可哀そうなのは、この女の亭主だ」
「あの城に幽閉されるのであろうな」
「まこと、恐ろしい」
通りを抜けたヘルゲの手下3人とアデリーヌは、その先にある家に向かった。
そこがヘルゲ男爵とその夫人ドロテアの住む館だ。
緑の浜芝の平らな庭。数本の大木が取り囲む。
大石を組み込んだ白い土壁。屋根は木造の橙色。その上には煉瓦で造られた煙突。
城とはいえ、民衆よりはましという程度の男爵の館だ。
コンコン!
「ヘルゲ殿!お目通りを!」
コンコン!
「誰だ?」
ナナカマドの年輪を基調とした扉。その小窓から、男爵の目が左右に動いた。
「ふ、お前らか。」
「は!」
2人の兵は、アデリーヌを馬から下ろすと両腕をシカと抑えつけ、龍を模った鉄製のノブをクルリと回した。
黒いベルベットの燕尾服。背中には蔓を模った銀の刺繍。被っている黒のシルクハットは扉よりも高い。
首まで伸びた顎髭は、その姿をいっそう黒づくめにしていた。
ヘルゲ男爵だ。
普通であれば夫人が玄関を開けるのが習わし。
男がそこを開けるのは、この男爵家の上下関係がわかるというもの。
「魔術の女か」
「はい、バルデの農民であります」
「ドロテアから聞いておる。しかし待て。魔女をこの家の中に入れるわけにはいかん。そっちの小屋に連れて行け。ドロテアも向かわせる」
「かしこまりました」
彼らは一時間ほどそこで待たされた。
ドロテアの着替えには時間を有するのだ。なにか理由でもあるのだろうが、魔女とされる女と会う時はいつも赤いドレス。そのコルセットを締めるのもヘルゲ男爵の役目らしい。
「私は帰れるのでありましょうか?」
うつむいたままのアデリーヌが3人の兵に口を開いた。
「ああ、お前は魔女なんかじゃないもんな。魔女と決めつけられただけ」
「決めつけられた?」
「そう、ここの赤いドレスの夫人にな」
「もうこの小屋に入ったら終わりってわけさ。言い訳無用」
「誰も助けてはくれないさっ」
「海にドボンさっ」
3人の兵は代わる代わる言った。
ガチャ
小屋の引き戸が開いた。
※色鉛筆デッサンはヘルゲ男爵とドロテア夫人の家です。
画・童晶本人
拙い絵でごめんなさい。




