20~脱げたアグニアのズロース
「ドロテアさま。そろそろ日が暮れてしまいます。少し馬を速めましょう。ちょいとばかり揺れますが」
先頭馬に乗った男が、その馬の尻を軽く鞭で叩くと、馬車は小走りで海岸線を駆け抜けた。
ガタゴトガタゴト
「あ~!」
キキキキキィ~!
「あッ!」
先頭の馬が前足を高く上げ砂煙とともに急ブレーキを掛けた。
『ひゃ~!』
前のめりになって馬車から飛び出しそうになったドロテアを、ヨーセスとヴィーゴは両手で腰を押さえつけて踏ん張った。
「あッぶね~!」
前を見ると3頭のトナカイが目の前を横切って行く。
「ぶつかるところだったぁ。いきなり立ち上がって走り出すから」
砂浜の上、馬車はバウンドしながら止まった。
コロコロコロ
その砂の上。なにか転がる音がした。
『おや? あれは』
ドロテアが馬車から身を乗り出した。
「あ、あれは水晶玉。ドロテアさまがアグニアの婆さんに差し上げた物!」
と、一呼吸置いてまた何やら転がってきた。今度は煙のような砂塵。
ゴホッゴホッゲホッ
砂煙の中から姿を現したのはアグニアであった。
「痛てててっ」
もんどりうった婆さんは曲がった腰を摩りながら、ゆっくりと起き上がってきた。
「まいった。まいった」
『は~ぁ?どういうことだぁ?』
「なんでこんなところに?」
ドロテアとヴィーゴは言った。
「本物の魔女のように現れてきよったな。婆さん」
ヨーセスが言った。
ゴホッゴホッ
「アホをぬかせ!本物だからこうして現れたんじゃろうが!」
ゲホッ
ヨーセスが馬車を降りると、パタパタと何か扉の開く様ような音がした。
「ん?これだなあ」
それは馬車の椅子の下。荷物を載せる蓋つきのバケット。
「おい、婆さん。ここに居たのだろう?」
「知らん!」
「飛び出した時に、脱げたズロースがここに。自分の腰の下見てみろよ」
「あっ!履いとらんがな!こりゃ恥ずかしい! 貸せ!それを貸せ!放れ!」
「ほらよ!ハハハッ」
『おい、アグニア。これはいったいどういう事だい? 漁師の話に由るとお前は二日前にあの村を出たと』
「ハハハ。そいつがなにを言ったか知りませんが、ドロテアさまが村に来た時、ワシは自分の家と反対側におりましてな。はいはい、ドロテアさまが呼びかける声は聞こえておりましたよ。しかしワシは北へ用事があったのでな、ちょいとこの下に潜り込みました。そいつが馬車を覗き込んでドロテアさま達と話をしている間。ほれ、ワシは背がちっこいから、馬車の中からでは見えなかったでございましょうが」
「じゃ、聞いてるじゃないか。そいつが言った婆さんが二日前に北へ向かったという話」
ヴィーゴがそう言うとアグニアは答えた。
「あ、そうでございますか? ワシは耳が遠いうえ、すでにこの馬車の下に潜っておりましたので」
『ハハ、どうせあれじゃろっ? どこかでヒョイと飛び出して私をビックリさせたかったのだろう? さも魔術使いの振りをして』
「ドロテアさま。お言葉ですが、振りではなく本物です!」
「どうみても、、振り、、だな、、」
ヨーセスがポツリと呟いた。
砂煙のアグニア婆さん
画・童晶




