2~捕らわれたアデリーヌ
「この辺りに魔術を使って民を困らせておる者がいるとかでな、、」
『この辺り?この丘には私達の家一軒しかありませんよ。それに今あなた達はアデリーヌと呼んだ。まさかとは思いますが』
「いやいや、この漁村の奴らに聞いて来たのであってな。なにもアデリーヌがというわけではない」
『だったら帰ってくれないかい? ここには魔術など使える者はいない』
「あそこに座っているのがアデリーヌかい?」
『さあね』
3人は腰の剣をクルクルと回しながら、乳をやる若い女に近づいた。
「おやおや、ご婦人。乳は出るかね?」
取り囲まれたアデリーヌは子を守るように身を捩った。
「はい、溢れるほど出ますわ」
「それは良かった。子もすくすくと育ちますな。ハハハッ」
「ところでご婦人がもたれ掛かっているのは?」
もう一人の兵が言った。
「うちの山羊ですわ。家畜の、、」
「山羊? おいおい。山羊にもたれるとはどういうことだ? 神の使いということを知っているのか?」
「は?そんなこと聞いたこともございませんが」
「その神にもたれるということは神への冒涜ではないのか? 魔女というのはなキリストの破壊を目論んでおる者のことだ。まさしくお前が今していることだ!」
『おい!何を言い出すんだ!お前ら!ふざけてないでとっとと帰ってくれ!俺達はここで芋を作り、細々と生活をしているだけだ!よそに出る事も少ない!なにを根拠に?!』
ラーシュは一人の兵の背中を押した。
「やはり顔も男前だが、威勢もいいのう。」
「こりゃドロテアさまの好みだ。ハハハッ」
「はあ?言っている意味がわからん!うせろ!」
「とりあえずはだな。このままアデリーヌはヘルゲ男爵の元まで連れて行く。魔女裁判に掛けねばならんのでな!」
「魔女裁判?アデリーヌのどこが魔女なのだ?渡すわけにはいかん!」
「おい!アデリーヌ!その赤子から手を離せ! そこに置け!」
「いやですわ!私は魔女なんかではありません!」
「裁判で罪が晴れれば帰れる。それまでの辛抱だ。来られよ」
「最初から目的はアデリーヌであったのであろう!アデリーヌを魔女に仕立て上げて何を利とするのだ!渡せん!」
「金はあるか?俺に渡せば引き下がるぞ。ま、無いと思うが」
「ほら見ろ!魔女の根拠なんか無い!」
と、一人の兵がアデリーヌから赤子を奪い取り、その小さな首に剣をあてがった。
「かっ切るぞ!それが嫌ならこっちに来い!アデリーヌ!」
寝ていた山羊の腹からヨロヨロと立ち上がったアデリーヌは、恐る恐る兵に歩み寄った。
「ラーシュ。そこを一歩でも動いたらこの子の命は無いと思え」
3人の兵とアデリーヌ。そしてその赤子は、連なる丘の起伏に消えていった。
「おい、アデリーヌ。ドロテア様はな、男は好きだが子育ては嫌いだ」
「?」
「この辺りでいいだろう」
丘の麓、バレンツの海岸辺りまで降りて来た彼らは、そこに赤子を放った。
「なにを!なにをするんです!」
「そのうち、ラーシュが見つけるであろう。大丈夫だ!」
アデリーヌはそこに乗りつけてあった黒光りした馬に跨ることを強要された。
「さ、ゆくぞ!」
トロムソの大通り。左右には、魔女見たさの多くの漁民が群がっていた。




