198~マウリッツ創成期物語6・「夏至祭り」
別世界へと生まれ変わった。
薄く保たれた濃度の硫黄泉は、まるでイブレートに操られるように水の肥やしとなった。
小さな湖から引かれた水路は、城を経由しクネクネと蛇行を繰り返しながらバレンツの海岸まで流された。
その水路脇に街が造られた。
城から海岸線までの真っすぐな道。
岩山から削り取られた石は、その舗道となった。
ベルゲンやトロムソからの民はそれを楽しんだ。一からの街造り。
それらは彼らに途方もない喜びを与えた。
エスキモー達から持ち込まれた資材や食糧。使いきれず、食べ切れずの量であった。
ニルス家の若者が言い出した。
「この石畳の両脇に花壇を作ってはどうかな? 通りも華やいで、見ているだけで温かくなるぞ」
「それは良い考えだ。イブレート様もきっと承知なさるであろう」
ヒースという花だった。
荒れ果てた厳しい寒さ。乾いた土地でもすくすくと育つピンクがかった紫の花。
真っすぐ伸びた一本の低木から無数の小枝が生え、針のような尖った葉。そこに釣鐘形の花が咲く。
厳しい環境に耐えうるヒースは、3年後にはこの通りの脇を豊満に埋め尽くし咲き誇った。
この花。イブレートの神懸かりか、アルプチンが含まれ美白作用の成分が豊富に含まれていた。
それはこの時代の大ブーム。薄化粧のコスメとなり、瓶詰に施したそれは、行商によってこぞって南の町々に運ばれた。
移り住んで3年。
整備された町で初めて行われた夏至祭。いわゆるサンクトハンスの祭りだ。
夏至祭りの前夜。サンクトハンスアフテンは一番昼の長い日。
男も女もヒースの花冠を着け、バレンツの海岸にかがり火を焚いた。
有り余る薪を、その浜辺に積み上げると真ん中に置かれたのは魔女人形の案山子。
これはいつの時代も同じ。悪霊を取り払うことで、それからの1年を祈願するというものだ。
夜遅くなっても沈まぬ太陽。
そこに新たな火が滾った。
オレンジの海に、岸辺だけが赤い波で染まった。
濛々と立ち上がるかがり火。
頭上高く舞い上がる黒煙。
吐く息だけが無機質に白い。
火はいよいよ魔女の人形に燃え移った。
マウリッツの民、エスキモーまでもが、その周りでガヤガヤと歌や踊りを楽しんだ。
すぐにであった。バキバキパきパきという音と共に魔女とされた案山子はあっけなく墨と化した。
焼け落ちた魔女。
民は踊る手を高々と上げると、一斉に拍手喝采を火に浴びせた。
彼らは花冠を脱ぎ捨てると、その火の中に放り込んだ。
この地では最も育ちの早いヒースを花壇にした民達であったが、花言葉は「孤独」と「寂しさ」。
それを拭い去るように、投げ入れた。
オレンジと赤。それに紫が入り乱れた浜辺。
その彩りは、炎と一緒に天高く舞い上がった。
※前話197~マウリッツ創成期物語5「理想郷誕生の理由」に挿絵を掲載致しました。
宜しかったら是非ご覧ください。
(すみません。表示されていなかった様です!今7時15分やり直しました。掲載されたかと思います!)
※このサンクトハンス・アフテン(夏至前夜祭)
本当にこのように魔女の人形を焚火で燃やすのですよ。




