197~マウリッツ創成期物語5・「理想郷誕生の理由」
「イブレート様。やはりあなた様は一介の侯爵様ではございません。天もお味方につけておられます」
イブレートの前に駆けつけた兵。広間の椅子に腰かけたイブレートに言った。
続々と到着するトロムソやベルゲンの民。
イブレートを慕って来たはいいが、何もない冷たく閉ざされた地。
民の後悔は如何ばかりかと考えあぐねていた矢先の出来事であった。
『どうしたというのだ?』
「掘り当てたのでございます」
『お、宝物でも見つけたか?』
「はい、それ以上のものかと思われます」
『宝以上?』
「いえ、これこそが宝。湧き出したのでございます」
『湧き出した?』
「この城の東。小さな湖がございまして、そこからモンモン尾と煙が立ち昇っておりました。なんだろうと思いまして近づくと、透き通る紺の水面を黄色く滲ませるように、岸の辺りから大量の泡が吹き上がっておりました」
『ほ?』
「私のこの手をご覧ください」
兵はイブレートの顔を覆うようにその掌を向けた。
『真っ赤ではないか!』
「はい。火傷を」
『火傷?』
「地下から湖面に温の泉が湧き出ておりました。硫黄の匂いは立ち込めてはおりますが、この水を引けば多くの民が助けられるということにございましょう」
『温の泉? あのベルゲンやトロムソにもある地下からの熱湯ということか? いやあ、それは何よりものお宝!その湯一つで民は救われる! うまく使えば花も咲く!』
「しかし、温の泉の湯というのはどの地にあっても吹き出したらば皇族や貴族の物。民が手を出す物ではございません。それを使わせてしまってもよろしいのですか?」
『ハハッ!ここではもう通例に用は無い。身分で湯を使っていたら民は絶え、我々までも夢先が危うい。そこから水路を引き、民の皆に使って貰えばよいではないか? さすれば薪の量も減らす事が出来る上、草花は育ち、、実り、、、食物はおろか薬草を植え込めば、サンクトハンスの祭りもできるではないか!』
「はい!確かに!この源泉を目にした兵は小踊りを致しまして、その先のぬるまった温かい水に飛び込んだそうであります!」
『ん?あれ?お前もいたのではないのか? その火傷?』
「、、、あ、はい。わたくしも、、、その湯に、、、」
『ん?なぜ正直に言わん?』
「あ、いくら見つけたと言いましても、イブレート様より先に湯に浸かったとあらば、、、」
『お前何を言っておる。この極寒の地。湖の温の泉を見つければ誰だって浸かりたくなるであろう? そこに身分などあるか? 裸になれば皆一緒だ。 さっきから言っておるであろう? ここではそんなことは気にするな。私はここを差別ないそういう町にしていきたいのだ』
このイブレートの考えと手腕に、大自然の力が大きな後押しとなり、マウリッツ繁栄に至ったのは言うまでもない。
重なり合った2つは極北の大地に理想郷を生むこととなった。
わずか20年足らずのことであったが。
※サンクトハンス祭り
181話~ドロテア物語8・「この有り様」
20行目辺りに少し詳しく記してあります。
※大自然の力
173話~マウリッツ攻防記12「イブレートの力」
30行目付近に大まかに記してあります。
宜しかったら振り返ってご覧くださいませ。
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