195~マウリッツ創成期物語3・「イブレートの目」
「おい!なにを見下ろしておる!イブレート様の前だ!座れッ!」
バルウは強く口走ったそのイブレート兵を睨みつけた。
「何がでありますか? 人というのは対等なものでございます。イブレート殿が立って迎い入れて下さったのであれば私もこのままお話をお聞き致すのは当然。どちらが膝まづくかはその後でよろしいかと」
「なにをっ~!」
『待て待て。面白いではないか? 我々のしきたりとは違うのだ』
「よろしいのですか?」
『それよりもまずだ。なぜ我々の言葉をそんなにも流暢に扱えるのだ? その方に興味が湧く。名は?』
「バルウ」
『ではバルウ殿。その言葉はどこで?』
「イブレート殿の御身分であらばご存じかと。我々はこの地より更に雪深い氷の国、そこで遊牧や漁をしているネネツという者です。そう、昔から白人達が築き上げた北海帝国に度々出向いた者。ご存じでございましょう? それゆえのこの砦の城というのも存じております」
『ほほう。ネネツ。幾度か海賊の風体で襲ってきた者だな。それほどまでに言葉を操れるというのは余程出向いて来たようだな。ハハッ! しかし言葉が通じるのであれば難儀することはない。で、バルウ殿はお一人でここに?』
「もちろんでございます。私がネネツの首長。お話とあらば私一人で十分でありましょう?」
『ほう。怖くはなかったのか?』
「バカを言っては困ります。ネネツの視点は常に星とともにございます。万物は皆同じ。怖さを感じていては何もできません。オーロラを頭上にトナカイを追う、氷海のユニコーンは私達の後を追う。たかが数人の男に怯えてなどいられますまい」
『なんだ?意味がわからぬが?』
「わかりますまい。そのようなお綺麗な服を着ておられる方には」
「お前!無礼だぞ!」
『よいよい。私にはわからぬのだから仕方ない。おうおう、そうだ。それよりも先にお礼をしなければならんな。ん~、今はこの城に来たばかり。何もない。しかし私の兵の命を救って頂いた。ほれっ、持って参れ』
「よろしいのですか?」
『いいから早く』
兵の一人が持って来た者。鍵付きの黒い小さな木箱。
兵はイブレートに手渡した。
『バルウ殿。お礼だ』
「ん?」
『開けてみなさい』
兵がバルウの掌でガチャリとその錠を回した。
バルウはその蓋をパカと開けた。
「こ、こ、これは?!」
『どうだ?気に入ったか?』
それは紫に輝く指輪。
『ベルゲンという街を出るときにな。カール王から頂いたのだ。餞別という名の手土産だ』
「よ、よ、よろしいんですか?」
『いいんだ。いいんだ。この地にあっては私達がよそ者。これから世話になるからの。挨拶の品だ』
「世話?」
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「イブレート様。よろしかったのですか?」
『は?お前ら気づかなかったのか?』
「なにをです?」
『ハハハッ! バルウ殿は怖い者無しといっておったが、怖かったんだろう』
「そのようには、、、」
『なぜ座らなかったかわかるか? 格好の良いことを言ってはおったが、たぶん座れなかったのだ』
「足が悪いのでは?」
『あれはな、ズボンの下履きに剣を入れておったのだ。ほれ、それでは膝が曲がるまい。ハハハッ!』
「おー!」
『あの大きさの剣。奴らはまだ海賊を生業としておるのだろう。それを見越しての指輪だ』
「さすが!イブレートさッまッ!」




